The 155th Tokyo ADMA Gathering
2025年11月15日(土)サレジオ管区長館において東京ADMAの集いが行われた。指導司祭は岡本神父様。ミサ後、岡本神父様のお説教や身近なこと等から、マリア様への思いなどをそれぞれが話し、分かち合った。その後、岡本神父様を囲んでのささやかな懇親会を行った。木下会長のItaly巡礼の画像を見ながらの分かち合いも大いに盛り上がった。
2025年11月15日(土)サレジオ管区長館において東京ADMAの集いが行われた。指導司祭は岡本神父様。ミサ後、岡本神父様のお説教や身近なこと等から、マリア様への思いなどをそれぞれが話し、分かち合った。その後、岡本神父様を囲んでのささやかな懇親会を行った。木下会長のItaly巡礼の画像を見ながらの分かち合いも大いに盛り上がった。
10月11日(土)東京・都筑・浜松のADMA会員が調布教会に集まり合同で集いをいたしました。10:00のミサの後、前回に引き続き「ドン・ボスコ伝」テレジオ・ボスコ著の4-6の読後の分かち合いをしました。ドン・ボスコの霊性を広く皆さんの知っていただくためにADMAのみならず多くの人の参加をいただき皆でドン・ボスコの霊性を学びました。
洗礼者聖ヨハネ誕生祭日とオラトリオ(6月24日) 1870 年 6 月 24 日、カルロ ガスティーニとヴァルドッコ出身のドン ボスコの元生徒数名が、ドン ボスコの霊名日である洗礼者聖ヨハネの祝日を祝って感謝の意を表すために彼を訪ねました。贈り物として、彼らはコーヒー カップ (タジーヌ) のセット、ドン・ボスコが彼らのためにしてくれたことすべてに対する感謝の印としました。この日、ドン ボスコの元生徒と友人の会が誕生しました。この特別な日に、ドン ボスコはカルロ ガスティーニとその友人たちに、サレジオ家族の一員として彼の近くにいてほしいと言いました。彼は彼らに、これまで以上に愛していることを伝え、団結し、互いに助け合い、支え合うように励ましました。 もう一つの重要なエピソードは、1855年6月23日の夜、ドン・ボスコがオラトリオの若者に微笑みながら言った言葉です。「明日は洗礼者聖ヨハネの祭日だ。皆さんに最も望んでいる贈り物をしたいと思う。だから、みんなカードを1枚持って、そこに欲しいものを書いてください。」 カードを読むと、真面目な願い事も奇妙な願い事もありました。ある少年は「一年間食べられるヌガーを100キロください」と頼みました。村から来たばかりの少年は「家に残してきた、かわいがっていた子犬の代わりに新しい子犬をください」と頼みました。ジョヴァンニ・ローダは「ベルサグリエリのトランペットが欲しい」と書き、ドメニコのメモには「聖人になるのを助けてください」(“Mi aiuti a farmi santo”)という5つの言葉が書かれていました。austraLasia – 5643(I)_Carlo Gastini, A poet of Valdocco (1833-1902) (bosco.link)
エスワティニ王国のサレジオ会創立70周年記念日に当たって文化祭が行われる エスワティニ王国が国王ムスワティ3世の誕生日を祝う4月19日の祝日の前日、サレジオ高校の敷地内で、待ちに待った文化祭が開催された。この数週間、教育者たちから指導を受け、準備を進めた約800人の若者たちが、伝統文化の踊りや伝統的な習わし、詩を楽しんだ。 1968年にスワジランドが独立する15年前の1953年、この国で最初のサレジオ会の拠点としてサレジオ高校が開校した。そこで教育を受けた何千人ものの卒業生の多くが、教区司祭やこの王国の社会的・政治的生活に影響を与えた人物となっている。文化祭には、オーウェン・ヌクスマロ教育大臣や同窓会生(1985年生)が出席し、ダンスをしたり、学校共同体と丁寧に挨拶を交わしたりと、一日中、行事に参加していた。 エスワティニ王国の教育大臣は、自分と自分の同期たちがサレジオ会から日々の援助(喫煙指導を含む!)、毎週のミサ、そしてサレジオ会の文化と価値観の強い影響を受けた学生時代に感謝の意を表した。ヌクスマロ氏は、また、ほとんどの生徒が他のキリスト教宗派から来ている学校で、カトリックの精神を維持するよう訴えた。また、同窓会生として、若者の生活に変化をもたらしている校内の清潔さを高く評価した。そして、言語や生活様式によって表現され、私たちが何者であるかを意識させるスワジ固有の文化にも感謝の意を表した。生徒たちへのメッセージの中心は、スワジの主な文化的価値のひとつである、この国の平和を保つ年輩者と若者、教師と生徒との間の深い相互尊重であった。 文部省の職員、エスワティニ全国サレジオ同窓会連合(SAPPAS、デスモンド・マパンガ会長)の関係者、地域社会の代表者などを含む参加者全員が7年ぶりに開催されたこの行事を楽しんだ。 この行事は、サレジオ会創立70周年記念行事の一環として行われるもので、5月24日~25日のエスワティニ王国サレジオ青少年機関の創立とともに、同窓会生による募金活動(ガラでの夕食会とゴルフイベント)と並行して行われる。昨年1月29日、エスワティニ王国サレジオ同窓会は世界的な連合の正式メンバーとなった。
東ティモールは人口130万人の小さな島国である。2002年に独立したばかりの若い国でもある。東ティモールが直面する課題は山積しているが、しかし、それを解決するために、ドン・ボスコの子たちを必要としている。ドン・ボスコの子たちは、この国が自治権を獲得するずっと以前からこの地に存在し、青少年の教育という、自分たちができる最善のことを市民に提供しようとしている。 最初のサレジオ会の宣教師たちは1927年に初めてこの国に到着した。その後、政治情勢に押されて島を離れ、1946年に二度目の派遣で戻ってきた。教育と福祉の分野で費やされた時間と長年にわたる活動を考慮すると、人々はサレジオ会の宣教活動が、宗教的、知的、人間的レベルでの発展と幸福に貢献するものであると考えている。 ポルトガル人のジョアン・デ・デウス神父、ホセ・コリア神父、スペイン人のアフォンソ・マリア・ナシェール神父、イタリア人のエリジオ・ロカテッリ神父のような宣教師たちの歴史的な業績は、今日でも記憶されている。そして、彼らや、多かれ少なかれ知られている他の多くのドン・ボスコの子たちのおかげで、ドン・ボスコのカリスマは今、この国でかつてないほど生き生きとしている。 「東ティモールには11のサレジオ会共同体があり、約200人の会員がいますが、そのほとんどはまだ哲学や神学を学ぶ養成課程にいます」と、東ティモールのサレジオ会員であるギ・ダ・シルバ神父はトリノのMissioni Don Boscoに語った。 サレジオ会のセンターが多くの活動を取りまとめている。「さまざまな学校、養護施設、保護施設、農業学校、そして2つの技術学校と2つの職業訓練センターがあり、これらは国の復興にとって非常に重要です」と彼は、付け加えた。 ダ・シルヴァ神父が言及した復興プロセスは、サレジオ会によって近年実施した数多くのプロジェクト活動に関するものである。占領下の激動の過去は東ティモール社会を引き裂き、外傷による深刻な被害を公共インフラにも残した:建物、送電線、灌漑システム、飲料水、学校は意図的に破壊された。 また、教育部門は壊滅的な被害を受け、80%の学校が完全に破壊された。 だからこそ、教育への貢献が今、重要となっている。サレジオ会は、すでに活発に行われている活動に加え、1994年に建てられ、孤立した地域のカイロイベレにある悲惨な状態にある古い学校に新しい命を吹き入れる計画を立てている。これにより、6歳から9歳までの70人の子どもたちが小学校に通うことができ、その後、この地域で最も大きなセンターであるダルラタで勉強を続け、近い将来、自分たちの小さな共同体を変える担い手となるだろう。 これは今、ダ・シルバ神父と東ティモールのサレジオ会の目標であり、この国の開発活動に、またひとつ、小さいながらも大きな貢献をすることにもなる。