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2023年9月24日 青少年の集い 「夢を持って生きる、輝いて喜びの人生」
埼玉県本庄教会に、70人を超える中高生と60人程の関係者が集いました。小教区を超える
呼びかけに応じて集まった人達は、まずは若者のサポート役であるの教会の大人の奉仕者による.心のこもったおいしいランチの歓迎を受けました. 
二階の広い部屋は古びて放置されていました。アンヘル神父様のビジョンに呼応した外国籍の人達によって、この教会が「訪問のマリア」に捧げられた場であることが見事に呼び覚まされ、大勢の人が集える、きれいなホールに大変身。今直面している様々な、現実の問題に向き合った、宗教を超えた集いが企画され、多くの人の要望に応える場となっています。
今回の集いは外国籍中高生のために、3人の先輩からのメッセージが発せられました。
受付・企画・進行・音楽など全ては若者に任されていました。
司祭が若者を養成し、信用して任せたら大きな力を発揮することが証明されていました。

日本は移住に門戸を閉ざしていますが日系の労働者は受け入れ、この3人は南米出身者です。
1:World・Youth Day 参加したブラジル籍大学生
 映像で現地の美しい景色、歴史ある壮大な教会などカトリックの奥深さが紹介されました
ホームステイ→Fatima巡礼:厳しい野宿→リスボン 埼玉準備会などで、持ち物装備を学ぶ
日本語・ポルトガル語・英語・少しのスペイン語を話す彼は、世界の若者と分かち合えた事が報告されました。。親の母国語を理解し、学校生活でしっかり日本語を習得し、学習して行けば将来につながり、夢をもって困難に立ち向かえるのです。
4年後韓国のWorld・Youth Dayに向けて子供への良い刺激、夢となった事でしょう。

2:飛行機のCAとなった女性・・今からさらにステップ・アップのため勉強を続けている
 親は数年の出稼ぎのつもりで来日。読書が好きで、毎日日本語の本を読書。受験にあたって
日本人の塾の先生の手厚いサポートがあった。本人の意欲に応えてくれたと思われる。
 リーマンショックの時に、親は仕事を失いペルーに帰国すると言った。しかし本人はアルバイトしてでも一人で日本に残ると言う、強い意志を宣言。親も残留することに。
 名古屋の大学にも受かったけれど、将来を考慮して東京の大学に進学。 初めての独り暮らし
  孤独と不安を救ったのは家族愛でした。2週に1度は往復6時間の行程を駆けつけてくれたのです。今、家族割引で、外国旅行のプレゼント。親孝行しているようです。
  スペイン語と日本語を駆使して、日本中と外国に飛びながら、グループ長を目指しています。
  最後ミュージシャンとポーランド人の2人のボーイフレンドを紹介。関心を引いていました。

3:高校の化学の先生・・工場で働く父のもとに、ブラジルから12歳の時に来日
 生徒を相手にしている先生らしく、親しみのある言葉で子供たちに話しかけていました。高学年になってからの日本の学校生活は、全く分からないことばかり。部活後は母妹と共に公文で勉強。最下位の高校に入学。そしてオール5の成績に。大学に進学すると目標を定め、努力しました。周囲の日本人や友人達の日本語のサポートに心を開いて素直に助けを受けました。
  父親は家族のために献身的に働き、母はブラジルでの看護師としてのキャリアから、日本での下働きをしながら資格を取り続け、今は仲間にも患者にも親しまれる看護師に登りました。
  親の背中を見、たっぷりな愛情を受けて、彼はしなやかな感性を持つた教師となりました。

若い人達ながら三人三様の外国籍の苦難を背負いつつ、たくましく、強い精神力と弛むことなく努力したことで、しっかりとこの日本に根付きました。親の母国語を話せることにより、より広い世界への扉が開けている事、夢をもって輝く未来・喜びの人生が広がっていること
などをこの集いは確かに伝えていました。

集いの後でマリオ司教様司式のミサが若者と共に捧げられました。 その中で一人の若い女性と彼女を祈りで支え続けてきた祖母がADMAに入会、アニメータであるアンヘル神父様の前で約束をしました。初めての若い人の入会に会員はとても喜び、歓迎しました。
  彼女は赤羽のサレジアンの学校を卒業し、そこの障碍者施設で働いています。ある時、アンヘル神父様の元を訪ねて「ドンボスコの教育法」を教えて欲しいと申し出てきました。それが教会との繋がりのきっかけとなりました。それから洗礼・堅信への道のりとなりました。
  今年の夏休みには、外国籍の子供の宿題を手伝う企画を提案、賛同者と共に、日曜日は子供塾を先導してくれたそうです。若い人の実りは早く、頼もしいものがあります。
  祝福の済んだ後、司教様より冊子と記念のカードを一人ひとりに手渡されました。

配られた冊子:上記の3人の青年と他の外国にルーツを持って、日本での学校生活で苦悩を抱えながらも日本での学業を終え、日本社会の一員として暮らしている人達の、インタビュー
  冊子です。言葉や生活習慣の違いを糧として、強い内面から湧き出るものを確信して、自分の未来に夢をもって進み、今輝いている姿が浮きぼりになっています。中高生の若者への
  愛に満ちたメッセージが綴られています。 中村 恵美子 (A D M A)

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サレジオの宣教精神

ACTS437号53ページ~宣教顧問アルフレッド・マラヴィラ師サレジオの宣教精神サレジオ会員として、私たちはどこでも、若者の真の宣教師であり、若者は私たちの宣教地です[16] 。私たちサレジオ会員は皆、牧者の愛の中心としてのドン・ボスコの宣教精神を生きており、それは「オラトリオの心」、熱意、意欲、異文化間・宗教間対話の能力で現されます。それは、特に若者の福音化への情熱であり、アルベルト・カヴィリア師がサレジオのモットーと考えたは “Ci vado io”(私はそこに行く)に表されるように、必要があればどこへでも派遣するという意志でです。つまり、“Da mihi animas”に集約される宣教精神は、サレジオのカリスマそのものにそのルーツがあるので、すべてのサレジオ会員に典型的なものです。この宣教精神が、私たちにサレジオ奉献生活を「宣教の状態で永続的に」生きさせるのです[17]。若い会員、養成者、学習センターの先生のための夏の宣教体験、また国際養成共同体での体験は、心の開放、異文化・宗教間関係、そして究極的にはサレジオ宣教精神を育みます[18]。 毎月11日の宣教の祈り、毎年のサレジオ宣教の日、その他の宣教的な活動の取り組みは、すべての共同体と管区で宣教精神を生かすのに役立っています。すべてのサレジオ共同体が、自分たちの管区に到着する新しい宣教師を歓迎し、同行することができるのも、この宣教師の精神によるものです。 サレジオ宣教師の召命教会全体が宣教的であるという事実は、召命によって生涯を送る宣教師がいることを排除するものではありません。同様に、私たちの福音宣教の新境地や教会がまだ完全に確立されていない場所(ad gentes)で熱心に寛大に協力するために、自分たちの文化環境や国から世界のあらゆる場所(ad exteros)に送り出されることを完全に可能にして、召されていると感じるサレジオ会員がいます。それは、根本的で完全な自己の贈与であり、その性質上、時間の制限なく完全に委ねられたことを意味します(ad vitam)[19]。洗礼の秘跡を通して、すべてのキリスト者は神の民の一員であり、教会の使命を分かち合います。したがって、サレジオの宣教師召命は、私たちの共通のサレジオの召命の中で、主からの呼びかけです[21]。ドン・ボスコのカリスマ(会憲 30)の本質的特徴として、サレジオの宣教師召命は、司牧的慈愛をより根本的に表現しています。それは主からの贈り物であり、祈りの中で呼び起こされ、会員の中で目覚めさせられ、彼らの識別の中で確認され、彼らの成長の中で伴われる必要があるものです。サレジオ会の使命は、唯一のサレジオ会の使命の一部です。ですから、サレジオ宣教師は特権的な会員のエリート集団に属しているのではありません。彼は、すべての会員に共通のサレジオ会の召命を、より寛大で現実な方法で表現したいと願う人なのです。現総長は、管区長、霊的指導者、そして院長の助けを借りて自らの宣教的召命を見分ける旅をした会員を、人手が足りないから、あるいは管区が必要としているからという理由だけで妨げることはできないと何度も繰り返し述べています。ヴァルドッコの扶助者聖母の聖堂での宣教師の送り出しは、キリスト者の助けの聖マリアの前で、修道会がその宣教の約束を新たにするしぐさです。 サレジオ宣教師サレジオ会の宣教師は、単に人材の必要性に応えるだけでなく、何よりも異文化間の対話に、信仰とカリスマの文化化に貢献し、地域の新しい召命を生み出すことができるプロセスを引き起こすために、管区に決定的に任命されます(会憲159)。宣教師は与えるだけでなく、何よりも受ける人であり、教えるだけでなく、何よりも奉仕する人々から学びます。仲介者として、宣教師は自分のために何も持たず、「一致の恵み(grace of unity)」を通して聖性への熱意を生かし、消耗するまで惜しみなく自分を与えるように気を配ります[22]。宣教師は地域教会の中に、そして、管区の生活と教育・司牧計画の中に組み込まれ、その個人的賜物、使徒的熱意、宣教的感受性によってそれらを豊かにするのです。文化化はゆっくりとした過程であり、完全に実現されることはありません。したがって、宣教師は、キリスト教信仰とサレジオのカリスマに照らしてその理解を深め続けながら、現地の文化によって豊かにされることに心を開くのです。各宣教師は、各グループの具体的な召命と生活の形態に従って、賜物と価値の真の交換を促進することによって、信徒、宣教士ボランティア、サレジオ家族の他のメンバーと協力することに努めます。[23] 老年になっても、祈りと生活の模範によって、友情と知恵を分かち合うことによって宣教師の仕事を継続します。宣教師は最後の息まで自分に託された人々のために身を捧げ、宣教地で埋葬することによってこの愛を封印します。宣教師がその管区にいることは、文化交流を強化します。地元の会員は、宣教師が持っていない自分たちの文化についての認識を持っており、宣教師は地元の会員が認識していない文化についてのいくつかの視点を提供するのです。実際、同じ文化の会員だけで構成される教区は、異文化への挑戦に鈍感になり、自分たちの文化世界の枠を越えて見ることができなくなる危険性があるのです。宣教師のおかげで、今日、ドン・ボスコのカリスマは134カ国に存在し、文化的な影響を受けています。実際、修道会の宣教への献身は、総会27 が要求する会員の世界的な再分配にも決定的な方法で貢献しています[24]。 ……………………………………………………..-16 Cf. L. RICCERI, “Missionaries of Youth”, in ASC 279, p. 6; GC22, no.13.-17 Cf. FRANCIS, Apostolic Exhortation Evangelii Gaudium (2013) no. 25;J.E. VECCHI, “Our Missionary Obligation in view of the Year…

COMMUNICATING CHRIST TODAY

今年の福音宣教テーマは"COMMUNICATING CHRIST TODAY - # Missionaries Online"(#宣教者オンライ#今日イエスを伝えよう)です。 以下は宣教顧問であるアルフレッド・マラヴィラ神父様からの手紙を皆さんに届けます。(サレジオ宣教の日、2022年の小冊子P40-41) 2022年サレジオ宣教の日に寄せて-宣教顧問 アルフレッド・マラヴィラ神父様の手紙 今日のキリストを伝える試みは、今の世代の若者の考え方を理解することから始まります。コミュニケーションにはいくつかの要素があります。私たちが真剣に考えなければならないのは、その構成要素です。メッセージを暗号化する送り手と、送り手から受け手へメッセージを伝える媒体を選択する送り手です。次に受信者は、自分の文脈の中でメッセージを分析し、送信者が意図した方法と意図していない方法の両方でそれを解釈します。 最後に、メッセージがどれだけ正確に受け取られたかを示すフィードバックがあります。送り手は、牧者であり、教育者であるサレジオ会員です。受け手は、主に現代の若者や熟年である青年であるミレニアルズ(Y)世代とZ世代です。 ミレニアルズ(Y)は現在42~21歳です。彼らは前の世代よりも早い時期にテクノロジーを学び、それに依存するようになりました。若い世代はスマートフォンやインターネットのない生活を想像することさえできないのです。ミレニアル(Y)世代は、アイデアを共有し、その中からベストなものを選ぶことが好きなので、自分の考えを伝える機会を得ることで、自分も参加したいと望んでいます。ミレニアル(Y)世代は、自分たちの信仰が全体的に自分たちの中に統合されることを望んでいます。 技術も含めた生活 ミレニアル(Y)世代はアプリ世代です。アプリは彼らにとって、コミュニケーション、情報処理、商品購入、あるいは聖書を読んだり祈ったりするための手段となっています。彼らは「今」に焦点を合わせていますが、理想主義的な傾向があります。 Z世代は、22歳以下の世代です。早い時期からインターネットやソーシャルネットワーク、モバイルシステムに触れているため、デジタルネイティブと呼ばれます。オンライン上で知り合った友人と現実の世界での友人を区別することなく、ソーシャルサイトを使って交流します。彼らは常につながっており、オフラインはもう存在しないのです。彼らは創造的で、現実的で、未来に目を向けています。重要な問題や出来事に対して幅広い認識を持ち、真実を追求することに大きな欲求を持っています。しかし、彼らは自分自身で真実を選び、発見することを望んでいます。事実、真実の探求は、彼らの特徴的な行動と消費パターンの中心にあるのです。 Z世代の人々は、Facebook、WhatsApp、Twitter、Instagram、Tiktok、Tumblrなどのソーシャルメディアネットワークを使って、社会問題、健康や栄養、スピリチュアルなどに関する情報を得ようとします。しかし、彼らはまた、Snapchat、Secret、Whisperのような匿名のソーシャルメディアプラットフォームのヘビーユーザーであり、犯罪につながる画像はほとんど瞬時に消えます。ミレニアル世代に比べ、より現実的で理想主義的でなく、膨大な量の情報を自由に使うことができます。彼らの大部分は、すべての大陸で宗教的であることを宣言しているが、必ずしも宗教と自らを同一視しているわけではなく、どの宗教にも属さないという人は、たいてい信仰心のない家庭の出身か、生ぬるいキリスト教徒です。 ミレニアル(Y)世代とZ世代には、新しい魅力的な方法で信仰を示す必要があります。そうすれば、彼らが自分の信仰を仲間に伝える可能性が出てきます。 最初の宣教は新しい福音化の礎となるものです。したがって、牧者であり、教育者であるサレジオ会員の課題は、ミレニアル(Y)世代とZ世代が、自分たちの仲間にイエス・キリストという人物を知りたいと思わせるような、ソーシャルメディア用の信仰に基づくコンテンツを自ら作るのを助けることです。実際、今日、ソーシャルメディアは若者たちにキリストを伝えるための特権的な場となっています。私たち一人ひとりが、宣教師としての創造性を発揮して、それを活用することが大切なのです。