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CARE OF CREATION
すべてのものを大切にーそれは私たちの使命― 総長様のことば私たちは相互につながった世界に住んでおり、毎日の出来事、最も美しいと同時に最も悲劇的な出来事が、このことを思い出させてくれます。私たちの目の前で、バタフライ効果の理論が実践されているのを目にします。これは、ほんのわずかな行動が常に地球の反対側に影響を及ぼし、時にはその影響が、善または悪のために広範囲に及ぶ影響を与えるものです。ラウダート・シのダイナミックな新鮮さに駆り立てられて、私たちは統合されたエコロジーの美しい道に沿って教会の旅を続けたいと思っています。それは私たちの存在のあらゆる領域に波及します。サレジオ家族もこの広いパノラマの中で発言権を持つことができ、世界中の多くの経験がこれを証明しています。場所と関係として理解される環境の創造、ケアのための環境感受性 人類の家族はますます広がり、神の国の新しい種を植えるための盛んな土台になりつつあります。青少年司牧は、思いと心の転換のこのプロセスの活性化と調整を任されており、私たちは皆、関与していると感じ、参加しなければなりません。宣教者の読書を精緻化し、それから私たちの日常生活の中で福音の宣言を生きることは、統合されたエコロジーと被造物への配慮の観点から、すべてのクリスチャンにとって必要であり、刺激的です。「被造物を大切にする:私たちの使命」とは、私たちの共通の家、私たちの神の美しい贈り物を大切にし、福音を若い人たち、特に最も助けを必要としている人たちに伝え、その素晴らしさを彼らに示すことを意味します。これも私たちの使命です!
Ad Gentes Mission
全ての民に福音を宣べ伝える「Ad Gentes Mission」は、よく使われる表現です。しかし、実際、何を意味するのでしょうか。それは、ただ宣教ボランティアになったり、宣教を体験したり、資金集めなど宣教のための活動をすることにとどまりません。ラテン語の「missio」に由来する「mission」は、「遣わす行為」を意味します。他方、「Ad Gentes」は、「人々に向かう」動きを表します。 特にイエス・キリストを知らない人、あるいはかつて知っていたけれど現在はキリストへの信仰を捨てている人に向かう動きです。したがって、Ad Gentes Missionは、「キリストをまだ信じていない人々や団体の中に福音をのべ伝え、教会そのものを植えつける務め」(第二バチカン公会議文書「教会の宣教活動に関する教令」AG, n. 6)です。今日、「全ての民に福音を宣べ伝える」ことは、アフリカであろうと、ヨーロッパであろうと、森林地帯あるいは都会の真ん中であろうと、福音を告げる必要のあるところであれば、どこでも行われるのです。同じように、「宣教活動はすべてのキリスト者、すべての教区と小教区、教会の施設や団体にかかわることがらであるという、新しい自覚があります」(ヨハネ・パウロ二世回勅『救い主の使命』RM2)。● 使徒言行録には、Ad Gentes Missonのいくつか重要な要素が見られます。それは今日も、私たちの導きとなるものです:● ダマスコに向かう道でイエス・キリストと出会ったことは、サウロを根底から生まれ変わらせまた。キリストは、必ずAd Gentes Missionの出発点であり、目的です。キリストのため、キリストのことを、キリストによって宣べ伝えるのです。● アテネのアレオパゴスでの演説で、聖パウロは死者の復活や救いといった概念を紹介しました。実に、第一次福音宣教は、Ad Gentes Missionと密接に結ばれ、またその土台であるのです。● キリストをあかしすることが、初代キリスト者共同体の中心的な活動でした。真実なキリスト者としての良いわざ、また縛るもの、神から引き離すものから、貧しい人、疎外された人を解放する手段の積極的な探求が、Ad Gentes Missionには必ず伴います。● フィリポの活動は聖霊に駆り立てられたものでした(使徒言行録8章26, 29, 39節)。私たちが到着する以前に、諸文化、さまざまな信仰、人々の心に働きかけておられるのは聖霊です。聖霊はAd Gentes Missionを方向づけ、触発し、前進させます(『救い主の使命』RM 21)。● 聖霊降臨は、高間での祈りの結実として起きた出来事でした。奇跡や癒しも、祈りを通して起こりました。実に、私たちがAd Gentes Missionに献身する動機、力、知恵、愛を見いだすのは、祈りを通してなのです。 ■ アルフレッド・マラヴィジャ神父, SDB
サレジオ家族霊性週間SFSDの終わりにドン・ボスコの手紙
愛する家族の皆さん最愛のわが息子、娘たちへ、 夢を見させる夢。私が皆さんに残すもののすべてはこれです:ひとつの夢。私の人生を導いたあの夢。それは今、皆さんの夢です。私は自分が持っているいちばん貴重なものを皆さんにあげるのです。それは天からのもので、神から生まれたすべてのものがそうであるように、死ぬことがありません。それは私の召命、使命でした。 皆さんが今日、ここにいるのは、皆さんがある使命のために選ばれたからです。皆さんの召命はこれです:私が始めたことを続けるよう、皆さんは呼ばれました。神の夢のすべて、それは私の夢でもありますが、それを今日、実現させること。そして、家族として、一緒に実現させることです。 そこで皆さんにお願いします、立ち上がって出かけてください。もう一度、動き出しなさい。あきらめずに、立ち止まることなく、動き出しましょう。 アブラハムのように、ヨセフとマリアのように、レビ、シモン、アンデレ、ほかの皆のように。私がそうしたように。 行きなさい、と神は仰せになります。どこへ行けばよいか、私が教えます。倦み疲れてはいけません。決して立ち止まってはいけません。 私は皆さんによく言いましたね:私たちは天国で休もうと。これが皆さんの行き先でありますように。天国へ向かいなさい、そして、できるだけ多くの少年、少女、若者を、皆さんと一緒に連れて行きなさい。 最も高邁な、最も美しい真理を信じなさい。創り主である神に、すべてを善へと動かしておられる聖霊に、すべての人のうちにおられ、生涯の終わりに一人ひとりを待っておられるキリストの抱擁に、信頼しなさい;信じなさい、主は皆さんを待っておられます、家族のうちに。 先生を信頼しなさい、手を取っていただきなさい。この先生は、決して皆さんを見捨てません。 母というものは、温かな炎を絶やすことなく、いつも扉を開けています。 皆さんがどこにいようと、築き上げなさい! いつも、自分の足で立ってください。もし寝ているなら、起きなさい! この世界はあなたを必要としています! 私たちの群れは脅かされ、狼が徘徊しています:その牙は、身体的暴力、精神的‐性的暴力、経済的暴力、サイバー上の暴力、酷い社会的疎外と呼ばれるものです。 人々を愛しなさい。一人ひとりを愛しましょう。その道が真っすぐであっても、あるいは曲線を描いていても、それぞれの道を尊重すること。なぜなら、すべての人は尊いからです。 泣く人と共に泣きなさい、でも、この世に涙がなくなるよう働きましょう。「もう泣かなくともよい」。イエスはナインのやもめに仰せになりました。この世の母親たちに、生きている子どもたちを返しましょう。 皆さんの愛し方は変容させる力であり、幸せへ導きます。清い愛で愛し、喜びを種まき、行くところどこでも祝福となりなさい。人生を無駄にしてはいけません。皆さんの喜びを、この世に伝染させなさい。 無関心から自分を救いなさい。光、生ける水、分かち合われるパンの奇跡を喜び楽しみなさい。信仰が人間を人間らしくすることを思い出しましょう。いつも。目を注ぎ、学び、忍耐しなさい、そして摂理の時を神にお任せしなさい。 苦い、暗い考えに入り込む余地を与えてはいけません。この世は神が行われた最初の奇跡であり、神は皆さんの手に新しい奇跡の恵みを置かれたのです。日常生活の奇跡を、いつも期待しましょう。 皆さんの心の鼓動を、貧しさに陥っている実に多くの若者の涙に合わせてください。そして、不正義と虐待にしか出会ったことのない人々の怒りに。いつ何時も、扉を開けていてください。この世と若者一人ひとりのいのちに責任をもってください。貧しい人へのあらゆる不正義は、神のみ心に開かれた傷であると考えなさい。 人々の間に平和をもたらしなさい、憎しみや分裂を広める人々の声に耳を傾けてはいけません。皆さんの家庭や修道院に、平和とゆるしがありますように。皆さんは一緒になって、本当の家族、堅固な町、すべての人を包み込む場となるのです。オラトリオになるのです。オラトリオでありなさい。 皆さんが出会うすべての若い男性、若い女性が、神の前、人の前で、知恵と年、恵みにおいて成長し、新しい人類の主役となりますように。 毎日、神に勇気の賜物を願いなさい。イエスが私たちのために、恐れに打ち勝たれたことをいつも思い出してください。皆さんは、マリアの武器 – 温かな優しさで、この世に征服するでしょう。教皇フランシスコが勧めるとおり:イエスは私たちに、闇の中で輝く光をくださいました。それを擁護し、守ってください。その特別な光は、皆さんの人生に預けられた最高の富なのです。 何よりも、夢見ましょう! 夢見ることを恐れないで。夢見ましょう! 皆さんは、まだ見ぬ世界を夢見ていますが、その世界は必ず到来するでしょう。 希望を秩序立てなさい。被造世界を世話しなさい。希望は私たちを導き、信じさせてくれます。被造世界があり、それは発展し、最終的な完成、神がすべてにおいてすべてとなるに至るということを。 私たちの夢は、いのちのようです:私たちが持っているすべてなのです。 それを死なせてはいけません。 だから出かけよう、世界を変えよう。一緒に。 ジョヴァンニ・ボスコ神父
