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The Oratorian Heart-01

1846年にドン・ボスコが重病になったとき、マンマ・マルゲリタは彼と彼の若者を助けにオラトリオ(ヴァルドッコ)行きました。彼女の存在は、オラトリオを家族に変えました。 10年間、マンマ・マルゲリタの人生は息子の人生、そしてサレジオ会の活動の始まりと融合しました。彼女はドン・ボスコの最初で最も重要なアッシステンテでした。 マンマ・マルゲリタは予防(教育)法の母親的な要素となり、知らず知らずのうちに、サレジオ家族の「共同創設者」になっていました。
オラトリオのこころ
1850年のある嵐の夜、ドン・ボスコと母親がまだ起きて仕事をしていたとき、恐る恐るドアをノックする音が聞こえました。 マンマ・マルゲリタがそれを開けると、そこには少年が立っていて、小さくてびしょ濡れで、怯え、飢え、光の中で瞬きしていました。
-「お願いします」と少年は泣き言を言いました。
-「お腹が空いたので入ってもいいですか?」と。
-「お入りなさい」とマンマ・マルゲリタは言いました。
暖々のスープを一杯飲みながら、彼は自分の話をしました。母親は亡くなったばかりで、農場は債権者に乗っ取られ、自分は天に一人ぼっちになりました。
-「彼は我々と一緒に残るだろう」とドン・ボスコはマンマ・マルゲリタに話しました。
-「しかし、彼はどこで寝るのでしょう?」マンマ・マルゲリタはドン・ボスコに尋ねました。
-「必要であれば、天井からカゴを吊り下げてベッドを作ります!」ドン・ボスコは笑いながわ、言いました。
少年もマンマ・マルゲリタも笑い出しました。
こうしてオラトリオに助けを求めに来た若者が救われました。
(ヴァルドッコのマンマ・マルゲリタの銅像を眺めて、思い起こすこと。2023年9月10日)