第5版のRatioについての学び
ホアヒン2026/09/26
― 第1章・第2章・第3章を通して ―
今日一日、第5版のRatioの第1章、第2章、第3章を深めました。学びながら改めて感じたのは、Ratioは養成担当者だけのものではなく、すべてのサレジオ会員が生涯にわたって歩み続けるための道しるべです。
第1章では、Ratioとは何か、その役割と目的が示されています。Ratioは、初期養成のためだけのものだけではなく、サレジアンとして生涯を通して成長していくための「養成の実践的な指針」です。養成は、修練期や神学生時代だけのものではなく、一生涯にわたって続くものです。神は、人生のどの段階にいても、私たちを呼び続け、養成し続けてくださいます。
第5版のRatioの大きな特徴の一つは、初期養成中心の考え方から、生涯養成をより大切にする方向へと視点が広がったことです。これまで「養成」と聞くと、修練準備期、修練期、ポスト・ノビシアート、実地課程、神学課程などをまず思い浮かべがちでした。しかし、実際には初期養成よりも、その後の人生の方がはるかに長いのです。だからこそ、第5版のRatioは、若い会員をどう養成するかだけではなく、終生誓願後、司祭叙階後、責任ある立場になった後、そして高齢になってからも、どのように神に応え続けるかを大切にしています。養成とは、ある時期を終えれば完成するものではなく、毎日の生活の中で続く回心と成長の歩みです。
第2章では、教会の中での私たちのアイデンティティについて学びました。サレジアンのアイデンティティの中心にあるのは、使徒的奉献です。つまり、神に奉献されることと、若者、とりわけ貧しい若者のもとへ遣わされることは、別々のものではありません。修道生活と使命は一つです。私たちは、ドン・ボスコのように、若者の中に神の愛を見いだし、その愛を若者に届けるように召されています。そのために必要なのは、単にドン・ボスコのことを知ることではなく、「ドン・ボスコの目で若者を見る」ことです。今の若者の現実を理解し、特に困っている若者、孤立している若者、社会の変化の中で苦しんでいる若者に心を向けることが求められています。
第3章では、養成の歩みと基本的な選択について深めました。ここで大切なのは、まず、本当の養成者は神であるということです。御父は、キリストと聖霊を通して私たちを形づくられます。養成担当者は、その神の働きを助けるために置かれた人です。養成担当者が相手を「作る」のではありません。被養成者本人が、自分の自由と責任において、神の呼びかけに答えなければなりません。つまり、養成とは、神に望まれていることを聞き取り、それに自分で応えることです。そして、その答えをする責任は一人ひとりにあります。養成者の役割は、命令することではなく、同伴し、助け、本人が神の働きを見いだせるように支えることです。
また、とても大切だと感じたのは、ドン・ボスコ教育法が青少年司牧の方法であるだけでなく、養成そのものの方法でもあるという点です。ドン・ボスコ教育法は、「恵みと自由の教育法」です。人を強制によって変えるのではなく、理性、宗教、愛情深さを通して、心を引きつけていきます。人の心は命令で変わるのではなく、信頼され、愛され、良い模範を見たときに、内側から変わっていきます。だから養成者に必要なのは、たくさん説明すること以上に、自分自身が喜びをもって生きること、忍耐強くあること、信仰を生きること、若者を愛することです。模範そのものが養成になります。
さらに今日、もう一つ大切だと感じたのは、養成は使命の中で行われるということです。養成を終えてから使命に行くのではありません。若者との出会い、共同体生活、司牧活動、EPCでの協働、成功や失敗、そのすべてが養成の場です。若者とともに生きる中で、私たちは自分の弱さを知り、神の働きを知り、少しずつサレジアンとして形づくられていきます。
今日の学びを通して、私の中に残った問いはとても単純です。「私は今日も、神に養成していただくことに心を開いているだろうか。」
もう一つは、「私は今も、若者をドン・ボスコの目で見ているだろうか。」
第五版のRatioは、若い会員だけに向けられたガイドラインではありません。すべての会員が、自分自身の召命、共同体生活、使命、祈り、若者との関係をもう一度見つめ直し、今日も神に応え続けるための道しるべです。今日、第1章から第3章までを通して学んだことは、結局、養成とは「何を知っているか」だけではなく、神の呼びかけにどのように応え、どのようなサレジアンになっていくかということだと感じました。



NB:本日の流れ
7:00 朝の祈り
その後、朝食。
9:30 Lectio Divina
その後、自己紹介を行い、各管区における「期待」と「挑戦」について各自が紙に書き、壁に貼りました。全員でそれぞれの内容を読み、その後、自由発言やコメントを交わしました。
午後は、約4時間にわたって講話と話し合いが行われました。
18:00 ミサと晩の祈り
その後、夕食、ロザリオ。
夜は、一日の学びを振り返りながら、
