2026年9月28日 養成担当者と養成委員会
―Ratioを実際に生かすために ― Don Silvio
今回の講話では、管区養成担当者(Formation Delegate)と管区養成委員会(Formation Commission)の役割、さらに管区間養成共同体をどのように運営していくかについて説明がありました。(新しい)Ratioが示しているのは、よい養成方針を文書として持つだけでは十分ではなく、それを実際に機能させるための明確な組織、責任、計画、フォローアップが必要だということです。
これまで管区間の養成では、必要性は理解されていても、実際には抵抗、決定の遅れ、不確実さが起こることがありました。特に、人材をどの管区が提供するのか、誰が責任を持つのか、決めたことを誰が実行まで確認するのかが曖昧になると、養成共同体の運営そのものが難しくなります。そのため、Ratioでは、こうした現実をより効果的に統治するために、Curatoriumのあり方や責任体制がより明確に考えられています。
ここで重要な第一の転換は、「一回の会議」から「継続的なプロセス」へ移ることです。Curatoriumを年に一度集まって数時間話し合うだけの会議として考えるのではなく、準備、会議、決定、実施、評価、フォローアップまでを含む一年を通した継続的なプロセスとして考える必要があります。会議の前には各管区の必要と資源について十分な情報を集め、会議では養成共同体の現状や養成計画を評価し、会議後には決められたことが本当に実行されたかを確認します。大切なのは、「よい希望を述べて、また来年確認しましょう」で終わらせないことです。
第二の重要な転換は、その場しのぎの人員配置から、複数年にわたる人材計画へ移ることです。例えば教師や養成者が必要になってから急いで人を探すのでは遅すぎます。管区は数年先を見ながら、「6年後に誰がこの奉仕を担うことができるか」「どの会員をどの分野で養成する必要があるか」を考えなければなりません。そのために、各管区のQualification Plan、人材計画、将来の必要性を共有することが重要になります。管区間養成共同体は、一つの管区だけの善意によって支えるものではなく、関係する管区が公平に責任を分かち合う必要があります。
また、決定したことを実際に機能させるためには、適切な権威と責任が必要です。講話では、権威とは単に命令する力ではなく、成長を可能にし、促進し、保証する奉仕として理解されていました。地域レベルの責任者は、すべてを自分で行うのではなく、管区間協力が実際に機能するように調整し、人材の共有、専門化、養成共同体への貢献などが決定どおり行われることを保証する役割を持ちます。そのため、新しいCuratoriumのモデル規約を用いて、それぞれの管区間養成共同体の規約を見直していく必要があります。
このような全体的な養成を管区レベルで考える時、管区養成担当者の役割は非常に重要です。講師は、養成担当者を、単に養成関係の行事を準備する人ではなく、「管区の養成の生命について考える人」として説明しています。つまり、修練準備期、修練期、ポスト・ノビス、実地過程生、固有養成など、それぞれが別々にうまくいっているかを見るだけでは十分ではありません。管区全体の養成がどこへ向かっているのかを見渡し、各段階が互いにつながっているかを確認する必要があります。
したがって、管区養成委員会も、単に「各担当者から報告を受ける会」ではありません。それぞれの養成段階の現実を持ち寄り、管区全体の召命と養成の状況を理解し、必要な方向を提案する場です。養成委員会には、必要に応じて、信徒、女性、実地過程生の若い会員、初期養成中の会員などの声を取り入れることも有益です。若い会員は現場の現実をよく知っており、デジタルメディアや新しいコミュニケーションの方法についても大きな可能性を持っています。彼らを単なる養成の「対象」として見るのではなく、養成のプロセスに参加する主体として受け止めることが求められます。
特に強調されたのは、管区外で養成を受けている会員への継続的な同伴です。他国や他管区の養成共同体に派遣した後、「そこに送ったから大丈夫」と考えてはいけません。所属管区はその会員との連絡を保ち、成長を見守り続ける必要があります。講師自身、多国籍の養成共同体で、所属管区がよく連絡し同伴している会員と、ほとんど忘れられたようになっている会員との間には大きな違いが見られたと述べています。将来その会員が管区に戻った時、その違いはさらに明確になります。
また、養成は養成担当者だけの仕事ではありません。管区長と管区評議会の生き方そのものが、管区の養成文化をつくります。長上たちが何を大切にし、何について話し、何を黙って見過ごすかによって、その管区の価値観が形づくられていきます。養成共同体で教えていることと、実際の管区共同体の生活が「別の銀河」のように違っていれば、若い会員は初期養成を終えた後、結局周囲の生活様式に適応してしまいます。したがって、管区全体が養成的な文化を持つことが必要です。
共同使命(shared mission)についても、養成部門と青年司牧部門との協力が重要です。信徒やサレジオ・ファミリーとともに使命を担うことを教えるのは、単に青少年司牧担当者だけの仕事ではありません。養成部門には、共同使命という考え方と経験が初期養成そのものの中に入っていることを保証する責任があります。何年もの初期養成を終えた会員が、信徒とともに働くことを知らない、あるいは理解していないということがあってはなりません。
同じことは召命司牧にも当てはまります。青年少年司牧と養成の間に空白ができると、サレジオ召命に関心を持っている若者が十分に同伴されない危険があります。そのため、召命アニメーション、志願期、初期養成の入口について、青年少年司牧担当者と養成担当者が協働する必要があります。また、サレジオ召命の二つの形、すなわちサレジオ修道士とサレジオ司祭が、召命の初期段階から適切に提示されることも大切です。
講師は、養成の仕事を考えるために「望遠鏡」と「コンパス」という二つのイメージを用いました。望遠鏡を見る時には、まず遠くの目的地を見ます。養成でも同じように、目の前の問題だけに反応するのではなく、最終的にどのようなサレジオ会員を育てたいのかを常に見ていなければなりません。私たちのサレジオ的奉献者としてのアイデンティティ、その最終的な目的を見て初めて、「今、何をすべきか」が分かります。
もう一つはコンパスです。管区レベルの養成の指導者は、細かく「右へ行け、左へ行け」と指示するGPSになる必要はありません。むしろ、全体としてどの方向へ進むべきかを示すコンパスであることが大切です。具体的な実施方法は各共同体や担当者が考えることができます。しかし、管区全体がどこへ向かうべきかという方向性は明確でなければなりません。
そのために、Ratioは具体的な道具も提供しています。管区ディレクトリ(指導書)の養成部門、管区養成計画、管区養成委員会、Qualification Plan、Curatoriumの規約などです。これらは単なる書類ではなく、養成の方向を具体化するための「道具箱」です。さらに、初期養成中の会員について正確で更新されたデータを保ち、誰がどの段階にいるのか、誰がいつ固有養成や専門化を必要としているのかを把握しておくことも、管区養成担当者の大切な奉仕です。
この講話全体から見えてくるのは、新Ratioが求めているのは、養成活動を増やすことだけではないということです。必要なのは、管区全体として養成について考え、計画し、調整し、実施し、評価し、再び方向を定める仕組みです。
養成担当者と養成委員会の役割は、目の前の問題を一つずつ処理することにとどまりません。長期的な視野を持ち、人を育て、管区間の協力を促し、若い会員や信徒の声にも耳を傾け、決定したことが実際に実現するまでフォローすることです。
言い換えるなら、管区養成担当者は、養成の「事務担当者」ではなく、管区の養成の方向を見つめ、その生命を保ち、未来を準備する人であると言えます。
そしてRatioを本当に生かすためには、文書を持っているだけではなく、その文書が示す方向を、管区の計画、人材配置、共同体生活、召命司牧、青年司牧、管区間協力という具体的な現実の中に落とし込んでいくことが必要です。



