The Letters of Fr Vincenzo Cimatti SDB

リカルドーネ・ピエトロ (Ricaldone Pietro 神父副総長へ

     リカルドーネ神父が本部にいなかったため、チマッティ神父が手紙を書いても返事が来ない。そのため、チマッティ神父のあせりが募る。

                       宮崎一九二八年二月十二日

親愛なるリカルドーネ神父様

 やるべきことについて私たちを照らし、架空の世界に生きることなく、具体的な決断をするにあたって正しく計らうことができるため、お手紙を熱望しています。

イタリアのGazzetta del PopoloやMomentoの新聞に、神父様のインタビューが誤解され、日本やその都市についての誇張された数字があるのを読んで、私たちは深い悲しみと驚きを覚えました。これが読まれれば、イタリアと外国で私たちの事業が損なわれ、笑われることになり、日本でもそうなります。安全のため、こちらが書いたもの以外、何も発表しないようにと指示しました。

 リナルディ神父や管区長に書いた同じことを、私の手紙が届かない場合、神父様のためにもここでまとめます。

① 宮崎教会の墓地のために一反の土地を購入しました。信者の献金によって既に事業がほとんど完成され、市役所の許可が出た時、もう少しきれいにします。今、新しい市長が任命され、神父様がお話しなさった前市長は、政治的な理由で逮捕されました。お話なさった知事と副知事も、同じような理由で交代しました。

② 申し上げましたとおり、宮崎教会の信者の集会や信者でない人を集めるために、集会場が必要です。見積もりはまだ出ていませんが、小さな規模のものでも一五〇〇円前後です。

③ 田野には、良い機会を失わないため、信者が使う小聖堂を造るための二反の土地を購入しました。一五〇人を収容できる聖堂の見積もりは、一五〇〇-二〇〇〇円となります。

④(……)⑤ 別府には、療養のために訪れる信者や求道者が多く、彼らが切に望んでいる司牧を始めるため、月二十円で家を借りました。この近代的な町には、仏教や神道の先入観がなく、未来性があると思います。今のところ、できる時には日曜日にミサを立て、大分のカテキスタが二、三回求道者のために訪れています。

 他に申し上げることはありませんが、お願いがあります。

a) 今すぐ、言葉を学ぶための人材を送ってください...。他の所に援助を送っていらっしゃるのに、なぜ、言葉を学ぶには苦労が大変であるこの所に人を派遣するためにこれほど時間がかかるのでしょうか。よく念頭に置いていただきたいのです。一九二八年に来る人は、一九三〇年の終わりまで活用できません。そうしないと、中途半端な人を作ることになるからです。

b) 修練院のことですが、長上に何を提案すればよいのでしょうか。おもしろいことです! ここの会員の長を命じられて、何をすればよいかが分からないこと...。神父様は「ゆっくり、ゆっくり!」とおっしゃいますが...、日本がこの状態であるのは、宣教師たちも「ゆっくり、ゆっくり!」と言っているからです。これでは時間が経つばかりで、何もなりません...。チマッティ神父が皆を回心させ、日本を変えるつもりだとお思いにならないでください...。とんでもないことです! 私が望むのは、ただ、よく耕された土地にできるだけ良い種を蒔く、蒔く、蒔くことです。しかも、ドン・ボスコがやっていたように。(次は暴言なら...、叩いても結構です...。だって、遠いから、届きません!)ドン・ボスコは「ゆっくり、ゆっくり!」と言ったことはないはずです。「仕事、仕事!」と言っていたのです。

神父様は、私をよくご存知です。大げさなことを言う人、礼儀正しくない人、言葉が分かりにくい人...。でも、私の意見は申し上げたとおりです。もちろん、経験はなく、能力もないから...、最後は長上のおっしゃるとおりにします...。我がリカルドーネ神父様、こうしましょう。長上はお急ぎください。ゆっくりする必要があれば、主がお考えになります。そう、そう! 信仰を持ちましょう。そうすれば、主は長上を祝福してくださいます。私が願っているのは、聖フランシスコ・ザビエルが願っていたのと同じことです。そして、彼はそれを得ました。毎年、三人を送ってくだされば、すべては解決です。なお、もし修練院をお望みであれば、これは宣教地の問題ではなく、修道会の問題です。

 申し上げました様々なことをご自分でご判断ください。

          いつまでもあなたのヴィンチェンツォ・チマッティ神父

後書 - 司教様の許可を得て、三月から小さな機関紙を出せると期待しています。 〔訳者注 五月二十四日から出た『ドン・ボスコ』誌のことです。〕

機関紙『ドン・ボスコ』の計画-会員への勧め

宣教師への手紙

     この手紙に、計画中の機関紙の具体的な話が出る。来日して二年しか経っていないのに、既にこの大きな計画を立てているこの人たちの勇気に驚く。実際、その機関紙は五月から始まったのである。

                       宮崎一九二八年二月十二日

親愛なる兄弟たち

① ローマからの総会長の手紙には、皆さんによろしく。向こうでは私たちのことを話し、希望があるとおっしゃっています。でも、チマッティ神父個人の感じでは、まだまだです...。こう書いてあります。「皆さんは、主において、主の前で働きなさい。人を回心させれば、皆さんの功徳です...。安心して、主と共に進みなさい」。また「人材やシスターズを派遣することについて、後にリカルドーネ神父と検討します」と。ですから、心配せずに落ち着いて働きましょう...。すべては主のために!

② 『ドン・ボスコ伝』のために届いてきた感謝の手紙は、とても喜ばしいです。いつか皆さんにも見てもらいましょう。とても慰めと励みになります。

③ 計画中の機関紙の執筆分担ですが、宮崎の私たちは当教会関係のニュース、典礼関係(祝祭日、記念、聖人など)と社説(もし皆さんが準備なさったものがあれば、提供してください)。中津の会員は、自分たちの教会のニュース、家庭教育の問題、宗教に関する記事、問答(本物や想定したもの)。大分の会員は、自分たちの教会のニュース、御教えや要理関係、若者のページを担当すればよいのです。もちろん、他の項目についても、もし何か良い材料があれば、どなたでも月の半ばまで大分に送り、次の月に印刷が間に合うようにしましょう。

問題点は次のことです。

① 漢字だけで書くと、果たして読まれるかという疑問があります(少なくとも宮崎の多くの人が読めないでしょう)。私たちの狙いは、皆、子どもにも読まれることです...。費用は高くなるでしょうが...、どう思いますか。

② 『サレジオ会機関紙ドン・ボスコ』という題は、サレジオ会にも司教様の前にも危ないようです...(許可された時、同類の出版物に刺激にならないように、目立たないようにしなさいと言われました)。私たちの狙いは、散っている信者をまとめ、皆に良い言葉を届け、できれば、信者でない人にも読まれることです。『兄弟の声』、『心の声』、『良い種』などはどうでしょうか。今のところ、私たちの色彩をあまり出さない方が良いのです...。どう思いますか。

次のことを確認できるまで、始めることを少し遅らせればどうでしょうか。

a) 材料がそろっているか(皆の協力をお願いします)。

b) 読者に効果をもたらすためにどうすれば良いのか。

c) 私たちがでしゃばる印象を与えないためにどうすれば良いのか。

 このためにも祈りましょう。大きな仕事を引き受けることになり、一度始めたら手を引くことができなくなるからです。

 仕事の話ですが、ご覧のとおり、神様のお恵みにより不足していません。むしろ、ますます増えるので、責任が重くなります。それで、ドン・ボスコの名により、皆さん自身のためにも次のことをお勧めします。

a) 仕事が増えれば増えるほど、祈りも増やすこと。

b) 落ち着いて働くこと。

c) 特に自分の力が許すまで働き、健康を大切にすること。これはドン・ボスコの言葉です。

したがって、

a) 夜には働かないでください。

b) 従順に従って、秩序を守りながら働きなさい。ドン・ボスコの次の言葉「最善は善の敵だ」ということを念頭に置きましょう。〔訳者注 完全主義は善を妨げる、という意味です。〕

c) 春が近づき、医師の意見も聞いたうえで、血を清める方法を考えましょう。

d) 手がけた仕事を見放さないようにしましょう。我が兄弟たちよ、神様は、私たちの善意、人々の救いのために働きたいというそれぞれの熱意をご覧になります。しかし、神様が望んでおられるのは、皆が自然に、落ち着いて、秩序をもって、信仰をもって、御手にすべてを委ねながら働くことです。皆さんの魂を愛しているこの私が申し上げることをよく聞いてください。

 皆さんにカヴォリ神父様、また出来物を患っているグアスキーノさんからもよろしく。

    主において皆さんを抱きしめる ヴィンチェンツォ・チマッティ神父

兄ルイジのこと

マルキシオ・カルロ(Marchisio Carlo)神学生へ

                       宮崎一九二八年二月十三日

我がカルロ君

 この機会にチマッティ神父と一致したいことを望んだ君の善い心に、どう感謝すればよいのか。神様がこの愛徳の業を報いてくださるように!(……)

 私の兄ルイジが天国にいることを期待している。その確信を与えてくれるのは、その取り次ぎによって教え子たちが得た恵み(自然の一致かもしれないが)、また、亡くなって間もなく、その管区が得た大きな恵みです。それでも彼のために祈りを捧げましょう。(……)

 君は、落ち着いて、神との一致を保ち、よく仕事し...、安心しなさい。天のお母様が私たちを自分のものにしてくださるように。

                 君のヴィンチェンツォ・チマッティ神父

自分は皆無である-人間関係の悩みと新しい計画

リナルディ・フィリポ(Rinaldi Filippo)総会長様へ

                      宮崎一九二八年二月二十八日

親愛なるお父様

 静修の日ですから、少し報告いたします。(……)

 信心業は、規則正しくやっています。この頃、自分の中に新しい現象を体験し、神様の恵みであることを願っています。それは、チマッティ神父があらゆる意味で皆無に等しい者であることを一層自覚していることです。どうしてこんな気持ちになるのでしょうか。他の会員がよくやっていることを見ているためなのか。チマッティ神父のやることが取るに足りないのだと感じているためなのか。より深く自分の魂の貧しさを理解するようなったためなのか。

 時には、サレジオ会の教えのとおり、もっと若者と一緒にいたいと感じますが、一緒に話しても通じないので、黙った方がよいかと感じることもあります。またしばしば、今まで体験したことがなく、「こうしなさい」と命じる声が心の中に聞こえ、話すべき言葉も勧めたり、それに動かされるような気がすることもあります。しかし、なぜか分かりませんが、その声に従うことができず、原因は怠慢か、恐れか、傲慢かなのでしょうか。きっとそれです。そのため、後になって後悔することがあります。何でしょうか。より深く自分の責任を感じるようになったことなのでしょうか。

先日、かっとなったカヴォリ神父は、「うまく行かないことについて、チマッティ神父が反省すべきだ」と言ってくれました。ああ、命令できず、指導できないのは何と辛いことか! これが、私の体験している新しい現象です。願わくは、悟ることができるように神様が私を照らし、良い勧めに従わせてくださいますように。(……)

 皆に対して愛徳を尽くし、誰に対しても反感などを抱いていないと思います。会員たちの仕事の成功を喜び、自分の無能力を認め、もの足りなさを自覚できるように神様に祈り、明るく進むようにしています。時々、特に食卓で無口になり、もっと温かく付き合うべきだと思います。他に問題はありません。今年は院長の任期が終わるので、もし長上が私を解放してくださり、他の人の下に働かせてくだされば、心の重荷が取れます。

 カヴォリ神父は健康面で良さそうです。とても活発で、良くやっています。主はその仕事においてお恵みを現しておられます。私を気遣ってひとりで全部やろうとしますが、これも私にとって謙虚になる良い機会です。今は、彼にとって良い時です。(……)

 新年度の目標は、

①②(……)

③ 信徒の共同体をまとめること。新年には、三つの新しい共同体が実現できるでしょう。高鍋、田野、別府です。お祈りとご協力をお願いいたします。

④ 『ドミニコ・サヴィオの伝記』、『扶助者聖母マリアに対する信心』の小冊子、また月刊の機関紙もできるでしょう。『ドン・ボスコ伝』のより大きなものと『合併福音書』も訳し始めました。特にこの二つの本を心がけています。

⑤ 信者でない人たちに近づくための仕事を進めていますが、デリケートで難しい課題です。なぜなら、信者の子どもたちは、信者でない仲間と付き合ってはならないと言われているからです。考え方を改めさせ、信徒使徒職の意識を培わないといけないのです。昔の信徒には、これが欠けているところですが、慎重に進まないと失敗する危険があり、公に言えないことでもあります。この状態を脱するためには、信者でない地域に日曜学校でも開こうかと思うこともありますが、神父様が手段を送ってくださらなければ、何もできません。

 幸いなことに、神様のお恵みにより理解してくれる一部の父親たちが動き出しています。信者でない人を招いて、高鍋では信徒の家で幻灯の会を始めました。しかし、リカルドーネ神父様にお願いしたスライドはまだ来ていません(ああ、この聖なる長上の方々!)。我がお父様、覚えておいてください。他の宣教地に関するスライドも素晴らしいですが、ここには宗教教育、福音書、公教要理、典礼などに関するもの、しかも、分かりやすく、基本的なものが必要です。

 さあ、動き出して、お助けください。私が何を願っているかよく御存知です。それは、すぐに言葉の勉強を始める人、また皆さんのご指導、簡単な指示、そして実行、実行、実行です。議論だけでは何もなりません。

我がドン・ボスコ、天国で何をしていますか。あなたが愛しているこの国を憐れんでくださるよう、長上たちの固い心を回心させてください...。聖フランシスコ・ザビエルにもひと言言ってください。マリア様も動いてくださるようにしてください。ご覧のとおり、チマッティ神父は何もできないのです。

 我がお父様、すみませんね。人を送るために天からの声や十人の博士の協議が必要であるまい、とドン・ボスコが言っておられるような気がします。催促するのは私の務めですから、私は全力をもって催促します。

 見放されている家族の保護者であられる我が聖ヨセフよ、また信者でない青少年たちを委ねられているドミニコ・サヴィオよ、あなたたちがお計らいください!

 今のところ、新しいことはありません。近いうちにいくつかの新しいコンサートを予定しています。聖ヨセフの祝いのために司教様が宮崎に来られます。会員たちは主において会憲の精神に従って皆よく働いています。

 我がお父様、私たち、特にチマッティ神父のためお祈りください。私はその祈りをとても必要としています。

 以上のとおり、神父様のお指示とあらゆる面でのお助けを待っています。御祝福をお願いいたします。       

               あなたのヴィンチェンツォ・チマッティ神父    

宣教師たちへの指導

宣教師への手紙

この手紙にあるとおり、一九二八年のサレジオ会住所録には、日本の事業が「準管区 Visitatoria」として記載され、中国管区から分離されたことになっていた。ところが、本部の設立文書が一九二八年一月一日であっても、チマッティ神父の準管区長としての任命は一九二八年八月一日であり、聖座が準管区を承認したのは一九二九年六月九日である。こういうわけで、正式の任命が来ない限り、チマッティ神父は中国の管区長に従うと述べている。

                  宮崎一九二八年三月七日

親愛なる兄弟たち

 聖ヨセフの祝いが近づいて来ています。自分の心が勧めることや教会の指導に従って、自分自身、また信者たちにもこの聖人を思い起こさせるようにしましょう。復活祭も近いです。これは、「祭日の中の祭日 solemnitas solemnitatum」です。一層その準備を進めるために、

a) 自分自身のためには、① この秘儀を深く黙想すること、② 会憲・会則を忠実に守ること、③ この季節に信者が守るべきことを神学や公教要理の中で復習するようにしましょう。

b) 信者のためには、① 要理教育を徹底し、特にゆるしの秘跡の正しい受け方を教えること、② 犠牲を惜しまずに信者が復活祭の務めをはたす便宜を図るようにしましょう。

 皆さんも、信仰から離れている信者をみて、深く悲しんでいるでしょう。原因は、教会が遠くて、通うことができないためか、また信仰が弱まって失われる状態にあるためか、時には思うとおり信仰が守れない状態にあるということのためです。私たちの重要な課題は、この信者たちのために最善を尽くすことです。彼らは「迷った羊」なのです。皆さんは、その羊のために善い牧者イエス様がなさったことを、よくご存知です。

 今年度の目標を固く守り、毎月か、また三ヵ月毎か、直接か間接か、あらゆる方法で信者を訪問するようにしましょう。その際、できるだけ秘跡を受ける機会を与え、必要があれば、日曜日や祝日には二回ミサを立て、私たちにできる限り、任せられた信者を霊的に世話するようにしましょう。

 時には拒否されたり、困難や冷淡に遭ったりすることがあるでしょう。ある意味で、この信者たちはそれぞれ違った病気にかかっています。医者は、それぞれに合った治療法を勇気をもって施すべきです。

信者でない人を儲けても、もし既に神様の者である者を失うならば、おかしい話になります。(……)おお! いつになったら、この哀れな信者たちを世話するために駆け回る熱心な司祭、修道士、カテキスタを与えられるのでしょうか! そのために祈りましょう。これこそ、主に願うべきひとつの最高の恵みです。この第一の務めを忘れるよりは、仕事が増えても新しい仕事を後回しにして、それを制限し、一時的に停止した方が良いと思います。

我が兄弟たちよ、このことを強調しても驚かないでください。宮崎で悪魔が魂にもたらす害を見て、真剣にこの問題を考えざるを得ません。他の所で程度の違いがあっても、同じような状況があると思います。この哀れな魂のために祈り、働くことにしましょう。本部の長上に切に願った人材の派遣が早く実現するようにも主に祈りましょう。これ以上は延ばせないことです。新しい人が来ても、二年後からしか使えないからです。

カヴォリ神父は、皆さんの良いニュースを伝えてくださいました。皆さんが元気で働いていることを喜びます。神様がいつも守ってくださいますように。

機関紙は、復活祭から始められるのでしょうか。そのための記事はもうできているのでしょうか。二号分までの基本的なものができていなければ、始められません。安心して主の名において始めたいのです。また、全国ではなく、私たちに任せられた信者たちを対象にします。(……)

いろいろな意見をまとめてと、次の結論になります。

a) 私のせいで遅くなったし、内容もより明確にする必要があります。

b) 正直に言って、私自身はまだ何も準備していません

c) サレジオ会員は、すべての活動をマリア様の保護の下に置く習慣があります。したがって、支障がなければ、マリア様の月、五月から始めましょう。

大分の皆さんは、翻訳する先生が私たちの考えを忠実に訳すように気を付けてください。きれいな文章より、分かりやすい文章が大切です。ラテン語がよくできていた聖アウグスチヌスは、「理解されない文章より、文法の間違いがあった方がましだ」と言っていました。

変化をもたせるために、日本人の友だちの協力を願っても良いです。その場合、先生は記事を変えてはなりません。以上は、注意すべきことです。

サレジオ会の新しい住所録には、日本は「準管区 Visitatoria」となっていますが、トリノの本部の指示には「正式の通知がない限り、何も変えてはならない」とあるので、その通知が来ない限り、チマッティ神父はそのまま中国の管区長に従うことにします。

五月一日からは、東京から下関までのコンサート一周を引き受けました。まだ早いですが、前もってお知らせします。マルジャリア神父やリビアベラ神父は声を鍛えてください。十五日間不在になりますので、機関紙のこと、予定のこと、残る人たちの仕事の分担を前もって計らいましょう。タンギー神父とピアチェンツァ神父は早めに仕事をお決めください。取りやめになる可能性もありますが、引き受けた以上、神様にお委ねします。落ち着いて、祈りのうちに...。

ティリー司教様が宮崎に来られますので、その訪問の成功、また準備の短い黙想会のためにもお祈りください。宮崎に来たい人は、寝るための必要な物を持参してください。私は貧しく、新しい買い物をして財布の中身をこれ以上減らすことができませんから。不足する物を借ります。我慢してください!

元気を出し、主において進みましょう。信仰をもって、特にいつも余計なことを言う私のために祈ってください。

            あなたがたのヴィンチェンツォ・チマッティ神父

 

会員への指導

メルリーノ・アルフォンソ(Merlino Alfonso)修道士へ

                         宮崎一九二八年三月七日

親愛なるアルフォンソさん

 お手紙や良い便りをありがとうございます。

 炊事場で助けてくれているミサオさんについて、ドン・ボスコのことを思い出しなさい...その忍耐と、優しく勧めていたドン・ボスコの姿勢を! また、何も分かっていなかった使徒たちに対するイエス様の態度を...。考えてご覧。もし、聖霊が使徒たちの上にお降りにならなかったとしたら...。

 現実は、こんなものです。ですから、元気を出しなさい。ミサオさんを指導するために使う時間は、天国のための黄金になります。私を信じなさい。

 お手紙の中に、言葉の勉強のためにあまり時間がないと言っていますが、一番良い勉強は、対話です。ですから、恐れないでください。

 準備している演劇の成功を祈ります。私たちも、聖ヨセフの祝いのために六場の『ヨセフ』を上演するかも知れません。〔訳者注 どの作品か不明です〕

 服装は、どうしますか。教えてください。

 快活で、毎日誓願のことを思い出し、会憲を復習しなさい。毎日、祈りの中であなたを思い出します。

               あなたのヴィンチェンツォ・チマッティ神父

関東・関西でのコンサート-カヴォリ神父の落胆

リナルディ・フィリポ(Rinaldi Filippo)総会長様へ

                        宮崎一九二八年三月八日

親愛なる私たちのお父様リナルディ神父様、

 この手紙で神父様と他の長上の方々に心からお祝い申し上げ、祈りをとおして私の愛情と、会憲を忠実に守り、神様の栄光と霊魂の救いのために働きたい決意を表したいと思います。(……)

 神父様が常にご慈愛を示し、ご指導やあらゆる面でのご協力をくださいますようお願いいたします。今回、イエス様のみ教えに従って、① もう一度、言葉を学ぶ人材を、 ② 預金が少なく、日常のパンのため必要ですから、いくらかお助けをお願いいたします。仕事が増えれば、必要も増えるのです。

 前の手紙以降新しいことはなく、会員は皆あらゆる面で元気です。神に感謝! 一番病気なのは、チマッティ神父です。身体の病気ではなく、別な面の病気です...。主は、私が建てた聖徳の城がいかに架空であるかを次第に示してくださり、私自身が皆無であることを以前よりも体験させ、明らかにしてくださっています。神に感謝! この惨めな私のためにお祈りください。

 何名かの宣教師から頼まれたので、その事業を助けるために、支障がなければ、東京から門司まで十五日間のコンサート一周を引き受けました。彼らの気持ちを害せず、私たちをあまり偉い者にしないで(もちろん、音楽面では大した力がないことを彼らに言いましたが)、サレジオ会員、否、ドン・ボスコを知らせるためや、先輩たちの仕事を知るためにも、承諾した方が良いと判断しました。

 先日、京都のある仏教新聞には「最近、日本には、新奇、かつ、独創的な方法で布教を始めた僧侶たち(私たちのこと!)が現われた」と書いてありました。ドン・ボスコ万歳!

 時間があったら、以前から夢見てきた計画を神様のお恵みで実現したいと思い、今まで作曲した尋常小学校の教科書の歌を仕上げて、使節閣下を通して日本の教育界に紹介したいと思います。お祈りください。魂の救いのためであれば、成功するでしょう。

 東京での演奏は、どうでしょうか...。まあ、東京人はあまり感激しないと思います...。でも、主の名によってやってみます。最悪の場合、「外国人だから、かわいそうだ!」と言って、喝采してくれるでしょう。しかし、しなくても...神に感謝!

 神父様、私のためにお祈りください。それを必要としているからです。また祝福してください。

              あなたの子ヴィンチェンツォ・チマッティ神父

後書 - ただいま、この手紙を出そうとするとき、主は、サレジオ会員としての私の生涯の中で、一番辛い形で恥じるようにしてくださいました。善いカヴォリ神父は、自分の召し出しに疑問があり、帰国したいと言ってきました。神父様にも手紙を出すでしょう。原因はよく分かりませんが、私が彼を理解していないとか、宣教活動がうまく行かないとか、私があれこれを命令すべきだなどと言っています...。とても驚きます!

 我が善いイエス様よ、チマッティ神父もやるべきことを見ています。でも、言葉の困難、知識不足などのため、やれないことを知っています。弱く冷淡な信者に対してもっとやれたのかも知れませんが...。私がいつも言うとおり、チマッティ神父はこの役目に向いていません。踊ったり、歌ったり、働いたりする者にしてくださればよいのに...、このような出来事で心身とも痛みます。

 総会長様や管区長様にも手紙を出すように勧めました。そして、ドミニコ・サヴィオ(明日、その記念日です)と聖ヨセフが助けてくださるように祈っています。ああ、何と辛い、何と大変なこと!

7 宮崎県・大分県の「独立宣教区」

教区長チマッティ神父の新課題-日本の学校教育

リナルディ・フィリポ(Rinaldi Filippo)総会長様へ

     この手紙にあるとおり、この時点で宮崎県と大分県の宣教地区は福岡教区から分離され、「独立宣教区」にされた。これでサレジオ会の行動が聖座直属とされ、もっと自由になり、チマッティ神父は「教区長」となる。

                        宮崎一九二八年四月三日

親愛なる私のお父様

 月の終わりですから、私の務めをはたします。

①(……)② 枝の主日に使節閣下の電報により、私たちが「独立宣教区 Missione indipendente」となったことを正式に知らせてくださいました。その手紙を待ち、やるべきことについての長上の指示やご指導を待っています。

 リカルドーネ神父は、日本にとって死んだのでしょうか。

 再度、言葉を学ぶ人材を派遣してくださるようお願いいたします。現在の会員は、毎日増え、難しくなる仕事に負われています。神父様は、彼らの健康状態はご存知です。このままでは、数年したら...お分かりでしょう。これは良い結果と言えるのでしょうか! 手紙で申し上げましたように、「送ることはできない!」とか、「ただいま準備中だ」とか、神父様かリカルドーネ神父がお書きになるのは、それほど難しいことでしょうか。そうなされば、私たちはどうすれば良いか分かります。しかし、今の状態では、どうみてもいけません!

③(……)中津と大分の会員は心身ともよい、と聞いています。神に感謝! カヴォリ神父は、時々神経の苛立ちを発散する必要があるようです。落ち着いてくると期待しています。他の面ではよろしいです。

 チマッティ神父に関しては、(……)兄弟愛はすべてにおいて良いと思います。

愛情を強く感じますが、主がそうしてくださったのですから、戦いながらいつも自分自身を警戒しています。自愛心の面もそうです。自分の無知、未経験、力不足を明確に見てはいますが、神様の助けにより全く安心です。

 今、他の問題はなさそうですが、皆は、信者が信仰に生き、そうでない人が信仰に導かれるように接したりして、私たちの事業が知られるように努めています。どうも、日本では集団よりも、個人的な働きが必要です。異教徒の中に生きているキリスト信者には継続的、否、日常的な支えが必要です。十五年、二十年も見放されてしまった信者たちには、根本からの立て直しが必要です。彼らが知っているのは、ただ洗礼を受けたことだけです。生活面では他の人と同じ、あるいは無関心で、迷った羊です。でも、関係を結ぶことはまだできます...。宗教教育、良い出版物、学校、先生、教会が必要です。信者の小さい群れのある所には、司祭や教会がなければ、日本では何もできません。

 それなのに、神父様は、以前からこれらのことをご存知であっても、私が聖フランシスコ・ザビエルの手本に倣い願っている毎年三人の宣教師を、一人も送ってくださいません。これで私たちは、一九三〇年まで助けがないことになりますが、これは、ダメ、ダメ、ダメです。チマッティ神父は、これについて良心の呵責はありません。うるさくなるまで、繰り返しお願いいたします。

 時間が経つにつれて、困難は一層明らかになってきます。私たちと同じように、親愛なるリカルドーネ神父も日本について素晴らしい印象を受けました。残念ながら、現実は随分違います...。日本の美しい漆の上塗りの下に、何と酷い現実があるのか! 今、中津では、子どもたちが教会に来ないように小さな迫害が始まりました。今まで熱心だった子たちは、急に消えてしまいました...。これはありうることですが、良いしるしです。でも、どうすべきでしょうか。トリノの本部から指示はなく、チマッティ神父の頭は余り知恵がありません...。

 聖ヨセフの祝いに堅信を授けるためにティリー司教様が来られ、満足なさったようです。神に感謝!

 最後に、マリア様の月、五月が良い月でありますように。その間、私たちはコンサートのため本州に渡り、神様の賛美を歌い、本会の事業や宣教活動を知らせ、信仰を伝えるようにします。東京、横浜、大阪、京都がドン・ボスコの子らを見、扶助者聖母マリアやドン・ボスコが大活躍なさるでしょう。私たちはジャガイモを投げられても結構です。でも、神様が称えられますように。私は東京の大きな会館で十二世紀の美しいイタリアのメロディー「Cristo risusciti in tutti i cuori キリストがすべての心に復活するように!」と歌いたいのです。その時、主がドン・ボスコと同じく、効果ある言葉を授けてくださいますように!(……)

 もし早坂司教様を宮崎まで来させることに成功したら、マリア様のために大きな出来事となりましょう...。(……)

私のためにお祈りください。他の会員は皆善い人ばかりです。神父様は、この私の必要なことをよくご存知です。祝福してください。

               あなたのヴィンチェンツォ・チマッティ神父

別紙 「日本の学校教育」〔一九二八年九月号Bollettino Salesiano 誌に記載〕

 日本の学校教育について少し知りたい友だちのために書きましょう。

 私たちが働いているこの日本の偉大さの要因の一つは、間違いなく教育に力を入れたことです。五十年前までこの国には学校制度がなかったのに、今は完璧な教育制度があり、学校の設備や附属施設が整備され、子供たちが喜んで、祭りへ行くかのように学校に通うため、家庭や国が学校を大事にし、法律でも奨励しているのは驚くべきことです。どんな市町村でも一番きれいな建物は塀や緑に囲まれた学校であり、日本帝国の文化を発展させた最大の要因が印刷物と学校教育の普及であると言えます。(……)

 学校で行なわれる「運動会」を見て欲しいです。皆の顔や心を輝かせる彩りの飾り、歌、体操、喜びの祭りです。広い運動場に面しているどんな小さな学校でも、運動会は何日もかかって準備され、開催されます。

 学問を高く評価し、献身的に教育に取り組むこの国民の姿勢がどれほど効果的であるかは、国家が教科書を通して宗教や道徳教育を規定していることからも分かります。(……)小学校では、修身、国語、歴史、地理、図画の教科書が文部省から出版され、全国のため統一されています。他の教科の教科書は自由ですが、文部省の検定を通らなければ使えません。

 宗教教育は、公立、私立学校を問わず、中立であるべきだと規定されています。なお、強い国民を育てるために、宗教を無視してはならないという考え方も定着しつつあります。「日本帝国は、国を創った神々と先祖を敬うことを土台とし、道徳の基本は忠君と親孝行である。その目的は、国の威厳を高め、家族や国民の繁栄をもたらすことである。」と書いてあります。

教科書は、神道の土台であるこれらの原理に基づいて作られ、それらに仏教の土台である死後の生まれ変わりと報い、また人生の空しさの教えが加味されています。

修身の教えは、一八九〇年、明治天皇より発布された教育勅語に基づきます。有名人の模範、日常生活の良い手本、未来の市民を形成するための名言などがそれを説明するために用いられています。

年度の初めと国の祭日には、敬虔にそれを聞く全校生徒の前で天皇陛下の勅語が朗読されます。(……)〔注 ここで教育勅語の一部が引用されている〕

以上のことを少しでも考えれば、これらが宣教活動の進展を妨げる一つの原因であることがお分かりになるでしょう。このためにも、この国の宣教のために多くの方々の祈りと協力が必要です。

                  ヴィンチェンツォ・チマッティ神父

宣教師への手紙

                        宮崎一九二八年四月四日

親愛なる兄弟たち

 次はローマから届いた電報です。「教皇様は宮崎県と大分県を福岡教区から分離し、独立宣教区とされた。ガスパリ枢機卿Card. Gasparri。」

 何かを決定する前に、設立の公式文書を待ちましょう。それにより条件が分かるからです。祈りながら働き、聖人になるようにし、まだ外部の人に話さないようにしましょう。

 もうすぐ復活祭です。兄弟たちよ、私たちもイエス様と共に、より充実した聖性、仕事、祈りの生活へと復活し、何も恐れないで働きましょう。「Qui seminat in lacrimis, in exultatione metet, 涙のうちに種蒔く人は、喜びのうちに刈り取る」...。この地上で刈り取らないにしても、天国で刈り取ることになるでしょう。

 皆さん一人ひとりの魂の必要に応じて、神様のお恵みがあるように祈ります。私のためにもお祈りください。アレルヤ。

               皆さんのヴィンチェンツォ・チマッティ神父  

悲しい出来事

リナルディ・フィリポ(Rinaldi Filippo)総会長様へ

この手紙には、大分教会で起こった不幸な出来事が報告されている。問題を起こした修道士D.M.氏について、今までも「まじめで孤独を好む」と書いてあったが、事後の調査では、以前、家族に精神病の例があったことが明らかになった。十月に帰国し、次年イタリアで亡くなった。

                        宮崎一九二八年四月八日

親愛なる私のお父様

 復活祭の儀式が終わり、静かなひと時を利用して、神父様と共に喜びと苦しみを分かち合いましょう。

① まず、独立宣教区設立の電報をお知らせします。(前ページと同じ……)

② 使徒職から得た喜びには、今日授けた二つの洗礼があります。

③ 日常生活の苦しみは不足しませんが、その中には神父様の心を深く悲しませるタンギー神父の同封の手紙が伝える大変重大な出来事があります。話題の病人〔D.M.修道士〕は、今、快復していると言うより、前ほど悪くない状態です。それにしても、自殺に関して世界一だと言われる日本では、お分かりのとおり、もし神様がこのような災いをお許しになれば、私たちの信仰や修道会にとって完全に痛手となるでしょう。どうすれば良いのでしょうか。緊急なことなので、この類の病院が日本にあるかを調べていますが、(どうも、治る見込みのある人だけを受け入れ、他は家族に任せるようです)、ご承知のとおり、この類の病気は再発する傾向があります。どうしましょうか。すぐにドン・ボスコと扶助者聖母マリアに九日間の祈りを指示し、聞き入れてくださると信じます。しかし、チマッティ神父が未経験であり、とても遠いので、ご指導が必要です。

 千ドルを送ってくださったことを感謝いたします。しかし、他に寄付が来なければ、どのぐらい持つかお分かりでしょう。ここの収入源は、使節閣下や米国のボストン宣教協会が送ってくれるミサの意向の献金しかありません。それも、いつもあるわけではありません。でも、神様の御心はこれまで不自由をさせてくださいませんでした。これからも助けてくださるでしょう。(……)

 天のお母様が長上の皆さんにこの宣教地のための良い解決策を勧めてくださいますようお祈りします。すぐにでも、シスター方の派遣をお考えになっても良いです。その活動のために広い道が開かれています。まず、幼稚園や裁縫学校が始められます。我がお父様、待てば待つほど時間は無駄になります。特に、言葉の難しさと戦っているこの地の場合、遅れることは大変な損です。小さな一歩で始めて良いのですから、どうか、始めましょう。

 私のために神父様の特別な祝福や、皆のためのお祈りをお願いいたします。

              あなたの子ヴィンチェンツォ・チマッティ神父

後書 - 神様に召された私の兄のための祈りを感謝いたします。

 私も小さき聖テレジアを愛しています。この小さな聖人を大変尊敬している宣教師〔ブスケBousquet神父〕に頼まれて、日本カトリック信者の最初の詩人三木露風氏が作詞した歌詞に基づいて、八つの歌を作曲しました。

 扶助者聖母会の志願者のグループも、この聖人の保護の下に置かれています。

〔訳者注 聖テレジアの八つの歌が載っている『小さき花を讃美する歌』という本は、昭和三年五月十日、兵庫県西宮天主公教会シルベン・ブスケにより出版され、五十五頁である。これらの歌と三木露風の詩を紹介するCDは二〇〇四年にできた。〕

ジャルディーニ・マリオ(Giardini Mario)司教、教皇庁使節へ

                        宮崎一九二八年二月十日

尊敬すべき使節閣下、

 先日送ってくださった独立宣教区設立のお知らせとお勧めを感謝いたしながら、私たちの家族を襲ってきた悲しい出来事をお知らせし、ご指導を願いたいと思います。

 チマッティ神父はいつもご迷惑をおかけいたしますが、今回、長上に連絡したうえ、イタリアが遠いので、またお助けとお勧めをお願いいたします。

 実は、大分教会の私たちのD.M.修道士は、心身とも衰弱し、先日の夜、発作的に自分の腕を傷付け、動脈を切ろうとしました。幸いに感染していませんが、衰弱状態にあり、どうしても休息や転職、また場合によって帰国を必要とします。これは、心配や恐怖感からくる精神的な病です。司教様はこのような事件の重大さがよくお分かりです。特にこのような国で、教会や修道会にとって大変な結果が生ずる危険があります。

 どこか、治療できる場所がありませんでしょうか。長上の返事が来るまで、何を勧めてくださいますか。このかわいそうな人を助けるためにお願いいたします。私たちはこの兄弟のために熱心に祈っていますが、人間的な計らいも必要です。喜びの時も悲しみの時も、どんな場合でも「主の御名が賛美されますように、Sit nomen Domini benedictum!」

 ティリー司教様は、お送りになった電報を受け取った、と知らせてくださいました。十七日に別れのコンサートのために長崎へまいりますが、人々の救いのために一層一致したいと約束いたしました。

 十字架をもって試されているこの宣教地と私のためにお祈りください。閣下がおっしゃったとおり、「Dant vulnera vires、傷付いたら、力が湧く」のです。

             尊敬をもってヴィンチェンツォ・チマッティ神父

8 関東・関西でのコンサート

大成功だった二十二回のコンサート
ジャルディーニ・マリオ(Giardini Mario)司教、教皇庁使節閣下へ
     この手紙で、関東や関西地区で行なわれたコンサートのことを報告する。これらのコンサートが可能となったのは、使節閣下の推薦によることであった。
                      西宮一九二八年五月十六日
敬愛なる司教様
 本州を離れる前に、神様がこの活動を成功させてくださったことをはじめ、親切な心で応援してくださった使節閣下に感謝いたします。二十二回コンサートを開催し、二回宗教儀式を司式しました。来場者は一回平均千人と推定されます。大阪のカスタニェー(Castanier)司教は小冊子を準備し、『明治天皇御製(ぎょせい)』と『昭憲皇太后御歌(みうた)』と一緒に皆に配り、二万部すぐに品切れになりました。どこでも喝采、アンコール、花束...皆良い印象を受け、霊的な効果もあったと思います。
 宣教師たちの収入は幾らだったか分かりませんが(私たちに関係のないことです...)、私たちには献金が僅かで、気苦労は多かったのですが、出会いも多く(人、場所、良いや良くないこと)、人々の救いのために協力できたことの喜びは大きかったのです。
 私個人の印象。
a) 東京教区の宣教師たちの一致が足りないようです。
b) 大阪教区の方は真の兄弟愛が見られました。 
c) コンサートにより、宣教師たちは以前入れなかった場所や知らなかった人々と関係を結び、近づけなかった一般市民に話しをすることができ、良い宣伝になりました。
d) 将来、サレジオ会員にとってコンサートは収入源になるかもしれませんが、現地の宣教師たちとの利害関係があり、慎重にやる必要があります。
e) 多くのことを学ぶ良い機会でした。神に感謝! これも応援してくださった司教様のおかげです。それがなかったならば、私たちだけでは動くことができなかったでしょう。
 コンサートの開催場所と回数は、横浜二回、東京二回、西宮とその付近四回、北野一回、舞鶴二回、加悦一回(信者がいない所)、和歌山二回、柏田一回、神戸一回でした。(……)
 司教様の御祝福をお願いいたします。
             敬愛をもってヴィンチェンツォ・チマッティ神父

コンサートが行なわれた日時と場所
『カトリックニュース』(当時のカトリック新聞である)
昭和三年六月十七日号には、関東地区で行なわれたコンサートが紹介されている。日程は次のとおりである。
四月二十八日、二十九日 横浜山手御心天主堂建設のため、紅蘭女子高等学校において
五月一日 昼夜二回、大森カトリック教会主催、鎌倉の訪問会の病院建設のため、明治神宮外苑日本青年館において〔注 山本信次郎師が一行を紹介した〕
五月三日 静岡で一回

大阪カスタニェー(Castanier)司教の小冊子
二万部も配布された小冊子には、関西地区のコンサートの日程が次のとおり記載されていた。
五月五日と六日 午前中と午後三時より、西宮夙川教会において
両日とも夙川聖テレジア天主堂建築のため〔注.この時、『小さき花を讃美する歌』が発行された〕
七日  大阪市北野教会伝道館において
八日  午後二時より舞鶴明倫小学校の生徒のため
      午後七時より府立舞鶴高等女学校講堂において一般市民のため
九日  午後一時より宮津暁星裁縫女学院の生徒のため
      午後七時より同じく、同窓会主催で一般市民のため
十日  午後七時より加悦町の青年団主催で、小学校講堂において一般市民のため
 十二日 午後七時より大阪玉造教会主催で、朝日新聞社後援、朝日会館において
十三日 午後一時半より奈良公会堂において、ビリオン神父の六十周年祝いのため
十四日 午後二時より和歌山師範学校講堂において、同校生徒のため
      午後七時より同じく、和歌山教会主催で一般市民のため
十五日 午後二時より大阪府泉南郡岸和田教会主催で、高等女学校において
十六日 午前十時より西宮教会主催で、西宮市立高等女学校において
      午後一時より甲南高等女学校のホールにおいて
十七日 午前九時より神戸下山手教会においてミサ聖祭とコンサート
      午後七時より神戸県会議事堂において   

宣教師たちへの感謝と新しい課題
宣教師たちへの手紙
                      宮崎 一九二八年五月二十日
兄弟たちよ、
 あと数日で、お母様のお祝いです。この機会に皆さんのために心を込めて祈り、私たちや人々の心の中に、扶助者聖母マリアに対して、子のような信心を培うようにしましょう。(……)私たちが寛大であれば、女王であられるマリア様も私たちに対して寛大でしょう。
 私たちに関係のある幾つかのことをお知らせし、扶助者聖母マリアの祝いが近く、聖霊降臨祭準備の九日間中、ご意見を伺いたいと思います。マリア様が私たちを助け、聖霊が熱意を燃え立たせてくださるように。
① まず、コンサートの仲間たちに心から感謝します。主がその犠牲をご存じですから、大いに報いてくださるでしょうが、特に留守番の兄弟たちに感謝したいと思います。彼らの仕事が増え、負担も大きかったからです。ご苦労を分かっておられる主が報いてくださいますように。
② リカルドーネ神父からの手紙には、人材の派遣、シスターの派遣、事業の発展のため、養成支部を考えてくださると書いてあります。そのために敷地の購入、建物の設計、予算の確保が必要です。
 これらの新課題を目の前にして、どう準備すれば良いのでしょうか。
a) まず、必要な人材の選択のために、み摂理が長上を導いてくださいますよう祈りましょう。
b) 派遣される会員が言葉を学び、宣教生活に慣れるために、あらゆる方法で協力しましょう。
 具体的に何が役立つのでしょうか。修練者と哲学生のため、四、五十名を収容できる建物が必要でしょうが、他の必要なことも考えるようにしましょう。
 本州への旅は、教会や宣教師たちを知り、私たちの事業を知らせるために役立ちました(だが、やるべきことはまだ山ほどあります)。宣教師たちの素晴らしい仕事、世界や、宣教活動を導かれるみ摂理の道を知るための良い勉強にもなりました。私たちがドン・ボスコに忠実であれば、主がどれほど広い活動の場を準備してくださるかということも知ることができました。
皆さんは必要な休息を十分に取るようにし、善いサレジオ会員として元気を出して、扶助者聖母が恵みを取り次いでくださいますよう祈りましょう。いつも皆さんのことを想っている私のためにもお祈りください。
               皆さんのヴィンチェンツォ・チマッティ神父

名誉職への強い抵抗を表す
リナルディ・フィリポ(Rinaldi Filippo)総会長へ
     チマッティ神父は、以前から自分が長上の役目に向いていないと主張しているが、いつか設立される宮崎と大分の知牧区(準教区)の教区長に選ばれる可能性があり、閣下(monsignore)〔注 カトリック教会の長上、司教などに対する敬語〕にされることを耳にした。この手紙で自分の気持ちを表す。
                      宮崎 一九二七年六月九日
敬愛なるお父様
 前にお知らせしたコンサート一周は、多くの方の協力と祈りのおかげで大成功で終わりました。そのために便りが遅れてしまったのです。(……)今回、申し上げたいことはたくさんあります。まず、私個人の報告です。
 今月は独りで静修を行ない、前の晩の黙想を忘れてしまいました。
 健康は良好です。コンサートのおかげで若返ったような気がします。
 勉強と仕事はあり余る程ありますが、成し遂げるために何が必要であるかは、主はご存じです。(……)これから助け手が来てくれるので、慰めになります。でも、実際に使えるのは...。ともかく、神様がお考えになるでしょう。やれることをやるようにしても、残念ながら、すべてには及びません。(……)
 会憲や誓願の遵守については重要なことはありません。やはり、自分の感覚をもっとコントロールする必要があります。目や想像がいつも働いていて、心が散漫になります。意図的ではありませんが、いつも心がつまらないところに行ってしまうのです。
 私の務めのことですが、私が目上の役目に向いていないので、人の指導はできません。神父様のお手紙では大変なお説教をいただきましたが(是非、しばしばそうしてください!)、私が提起した良心上の問題の解決にはなりません。何回も同じ問題を出すのはそのためです。私の心の中に何があるか私にも分かりません...。生まれ故郷ロマーニャRomagna 地方の革命的精神なのでしょうか...。私は、目下の立場で仕え働いている人が好きで...、必要により長上の立場にある人を哀れんでいます。そして、自分がその一人だと考えると(自分の傲慢を誘うことがあるにしても)強い抵抗を感じます。嫌だと思うからこそ、抗議したり、文句を言ったりします...。私にとって、長上がこの世の中の一番かわいそうな人であるのに、なぜ、チマッティ神父はその立場にならないといけないのでしょうか。
 もうひとつの問題は、閣下monsignore〔注 カトリック教会の長上、司教などに対する敬語〕やその服装です。(暴言になるのでしょうが、言わせてください。)私にとって、これらは芝居、喜劇です(神父様の霊名の聖人である聖フィリポが枢機卿の帽子をもらったとき、なぜ、あんなことをした〔帽子を窓から投げた〕のですか)。神父様は、色鮮やかな服を着飾ったドン・ボスコやルア神父を想像できますか。考えられませんね! 私も! さらに困るのは、その立場の人は教皇様の任命や許可があるにしても、事実上サレジオ会から半分出たことになることです。良い結果ですね! 神父様は、きっと、「信仰をもって十字架を運びなさい」と私におっしゃるでしょう。決定があったら、そうしましょう(けれども、自分の考えに従いたい人ならば...。実際、拒んだ聖人の例がありますし、そうする権利もあると思います)。
 チマッティ神父は、言われたことに従います。けれども、心の中に以上述べたことをはっきりと自覚し、能力がないことも確信し、遠隔地に飛ばされたことも感じていますから(それ以上のことに値する者です!)、お父さんの心を持っておられる神父様は、私の気持ちがお分かりでしょう。
 チマッティ神父の霊魂は、違うことを必要としています。神父様は、「従うことだけが必要だ!」とおっしゃるでしょう。私はそうします。でも、事実が明白ですから、主が命を与えてくださる限り、同じことを繰り返します。たくさんの悩みを持っていらっしゃる神父様にこれも加えるのはよくありませんが、やむを得ないことです。(……)
 誓願のこと。従順に関しては(前述のことは従順に反しないと思います)また貞潔に関しては、問題はありません。清貧に関しては(前述のことにも関係がありますが)私は財務に向いていません。これも明らかです。その役目を経験したことがないのです。私は、もしも必要のある人見たら、お金があれば、すぐに上げます。その結果、いつも財布が空っぽです。(……)
 お金の問題は、私にとって一番の悩みです。私の心を打ち明けましょう。私はとても貧しい家庭で生まれ、重大な役目に慣れていません。いつもドン・ボスコのオラトリオでの初期の英雄的な生活を夢見ています。主が丈夫な体を与えてくださったので、特別な配慮が要りません。私の心の中には、清貧の精神に基づいて食べ物や建築などに関してどこまで許されるかという疑問を感じ、常に戦っています。トリノの本部やクロチェッタ(Crocetta)の神学院の建築や便宜さなどが目の前に浮びますと、ドン・ボスコの生き方と比べてしまいます...。もちろん、法律や家庭の要求などを考えるべきですが...、正直に言って私にはよく分かりません。ですから、長上の立場で判断すると、いつも惑うのです...。
 私個人ならば、大した物は要りません!...しかし、ここの会員たちはほとんど皆病弱です。彼らに対してドン・ボスコがこの場合に勧めていた待遇が必要です...。神父様は、「会則に書いてあるとおり、建築に関しては長上が承認したこと、待遇に関しては会則に書いてあることを守りなさい」とおっしゃるでしょう。当然、忠実にそうします。しかし、ご存じのとおり、紙の上のことと現実とは違うことがあります。ですから迷うのです。(……)
 他の新しいニュースは、別紙でサレジオ会ニュース(Bollettino Salesino)
のために詳しく書いています。前述のコンサートにより貴重な出会いができ、多くの宣教師の模範的な仕事に触れ(素晴らしいことですが、人材や手段が満足に無いので、目的達成には時間がかかります)、サンモール〔雙葉〕のシスターや聖心のシスター、マリア会の大きな学校〔暁星〕を見学しました。彼らは上流階級のために働き、数千人の生徒や多くの収入があります。信仰面では直接の効果は少ないでしょうが、間接的な実りが多いようです。建築は五十万、百万円のもの、大都会の土地は坪当たり百円、二百円、四百円、五千円まで高いものです。
 関東地区のカトリック団体は強いですが、仕事に関して団結が弱く、それぞれ別々に働いています。その面、大阪教区の方は団結も兄弟愛も強いのです。
 サレジオ会員は望まれ、期待されています。パリ外国宣教会の年配の宣教師たちはパリでドン・ボスコを見たことを思い出す人が多いですし、皆ある程度私たちの事業を知っていますが、理解は深くありません。(……)
サレジオの『協力者会の会則』を翻訳し始めました。この組織も始じめないといけないでしょう。ドン・ボスコの列福のため、より詳しい『ドン・ボスコ伝』も準備中です。翻訳には四百~五百円かかりますが、使節閣下がご自分で負担してくださるとおっしゃっています。東京の青年会も印刷を考えてくれると言っています。もちろん、著作権は彼らのものになります。私は払うお金がありません。また、とても役立つものだと思うドン・ボスコが著した『ドミニコ・サヴィオの伝記』の翻訳も完成しました。しかし、資金が無くて...。五千リラかかるので、あちらこちらの団体の協力を願っています。年内に出版できると期待しています。宮崎・大分両県の信者をまとめるために『ドン・ボスコ』という機関紙も始めました。離散している信者が多く、月一回でもみ言葉を聞かせたいのですが、それができず、少なくとも印刷物を通して届けることにします。これを維持するためにどうすれば良いか分かりませんが、とても必要ですから...。異教の環境の中にいる信者たちは本当にかわいそうです!(……)
 世界中で、宣教の面で日本ほど放置されている国はありません。私にはとても不可思議です! 長崎の九万人の信者は善い人ですが、使徒ではありません。多くの島々に固まり、飢えを忍んでいます。もし他の所に移ったら、信仰面で自立できず、自分に閉じこもるか、あるいは信仰を失います。生きるために工場地帯に移住する多くの青年たちの信仰は失われます。
我がお父様、これが私たちの生きている現実です。信者がいる所に、特に大都会に、もし教会、宣教師、若者のための施設がないなら、日本の回心を望むことは不可能です。女性の哀れな状態については言うまでもありません...、そのためにシスターが来てくれるならば、神様に感謝いたします。私は、決して、大げさなことを言っているのではありません。お願いです、東洋を救う鍵を握っているこの日本を至急にお助けください。
 今回は長すぎたかも知れません。私の言葉は分かりにくく、失礼だと思われることもありましょうが、私がお話しているのは、私たちや任せられた人々の救いのためにご理解の心をおありになる善いお父様です。決して、話すために首を伸ばす必要のある方、高い燭台の上位に座っておられる方に向かって話をしているのではありません。(……)
 親愛なるお父様、これで終わりです。書いたことは、決して口先だけではないことが、よくお分かりです。私や任せられた人々のために大きな利益をもたらしますよう、この文書をマリア様にお委ねします。
 神父様の祝福を願いながら、心から抱きしめます。
               あなたのヴィンチェンツォ・チマッティ神父

ソルド・アントニオ Sordo Antonio 神学生へ
                      宮崎 一九二八年六月十二日
我がアントニオ君
 明日、君の霊名の聖人の祝日だ。君は長い間手紙を書いてくれないが、君と一緒に短い時間を過ごすことは私にとって快いことだ。他にも書いてくれない人がいるが、君もその仲間か! 親友がチマッティ神父に書かないのは、仕事のために書く暇がないためか(それは通らない理由だが)、あるいはチマッティ神父に知らせたくない何かあるためだろう。君は、どっちの方だろうか。
我がアントニオ君、君の手紙がどれほど私にとって励ましになるか分かっているか! 当たったか。君にはうまく行かないことがあるためなのか。あるいは今ひと時、心が暗くなっているためか。なぜ、書かないのか。チマッティ神父が怖いのか。
さあ、君の健康、勉強、音楽、そして望むならば心の状態についても書きなさい。ヴァルサリチェ時代のように、イエス様は君のことを喜んでおられると思う。我がソルド君、イヴァルディ(Ivaldi)君には、君に拳骨をくれるように頼んだ。それは、チマッティ神父を思い出すためだ。
私のために祈り、祈りなさい。
                君のヴィンチェンツォ・チマッティ神父

教え子への霊的指導
ゴバト・ジュセッペ Gobbato Giuseppe 神学生、教え子へ
                     宮崎 一九二八年六月十五日
親愛なるゴバト君
友だちの名前にその近況を添えてくれたことを感謝する。祈りの中で彼らを思い出すためになる。皆を思い出して考えたりしているのだよ! 君の祈りもありがとう!
君がチマッティ神父を十分に知らないから、私と同じような人になりたいと言う...。主が許してくれるように! もし君がチマッティ神父を知っていたら...。私をよくご存じである主は、私が二万キロ離れていたら、我がジュセッペ君に悪い影響を与えなくなることがお分かりになったのだ。
お手紙ありがとう。快活で、私のためにたくさん祈り、仕事、仕事、仕事をしなさい。
                君のヴィンチェンツォ・チマッティ神父

宣教地の現状報告
リナルディ・フィリポ(Rinaldi Filippo)神父へ
     前述のとおり、日本のサレジオ会の事業が中国から分割され、準管区にされこれについて通知がなかったため、チマッティ神父の心に誤解が生じた。
     なお、この手紙には、宣教師のための日本語の文法を作ったと書いてあるが、これは、一九三〇年イタリアのFoglizzo Canavese で印刷された“Appunti di grammatica giapponese” という小冊子である。チマッティ資料館に一冊が保存されている。
                       宮崎 一九二八年七月九日
敬愛なるリナルディ神父様
 時々、遠くにいる子たちにお手紙を書いてくださることを感謝いたします。
 チマッティ神父は知りたいことがあります。
① 中国の管区長に関して、私たちの立場が変わったのでしょうか。カナゼイ(Canazei)神父は変わったと言っています。けれども、指示を受けない限り、また自分の権限を知らない限り、それが変わらないと、チマッティ神父は思っています。たとえば、今、メルリーノ(Merlino)修道士の誓願の問題があります。また、長上から送られてきた年間報告の用紙についても、私は管区長に送るべきものだと思い、管区長に送りました...。
② 独立宣教区に関しても、正式の設立文書が来ない限り、私たちの長上は福岡の司教だと思っています。使節閣下も同意見です。
 次は、今月の私の報告です。
健康は良好です。
 仕事は、髪の毛の先まであります。今、来日する新しい人たちのために伊和辞書を準備しています。文法はもうできました。典礼用語の辞書もできています。(……)
 私たちの仕事は少しずつ進み、求道者の数も増えました。しかし、日本の受洗者の数は他の宣教地と同じ基準で判断してはなりません。言葉や資金等に関して困難が多く、教育事業もありませんし、それができるまでは何年もかかるでしょう。
 我が善いお父様、信じてください。イタリアでの宣教地のためのキャンペーンは、日本のためにやるべきです。ここでは、お金は億単位で必要です。人材も、とくに邦人の人材がとても必要です。召し出しに関してはどう言いましょうか。志願者を試して見ましたが、三人来て三人去ってしまったという結果でした。今は、さらに四人の青年が希望しています。今日は、その中の一名を大分に送ります。もしかしたら、来年、一名を神学校に送ることができるのかも知れません。日本人の若者の一番大きな困難は、傲慢と移り気だと思います。情欲もあるでしょうが、特に移り気が問題です。修練院ができれば、召し出しも増えるでしょう。
 シスターのための召し出し数名に目を付けていますが、同じような困難があるでしょう。
 人材とお金があれば、高鍋(八つの家族)と田野(信徒五十名)の二つの新しい教会が始められます。今、やむを得ず、ミサのため、田野には月二回、高鍋には一回それぞれ行くことにしています。かわいそうな信者! この状態では信仰を守るのは大変です。宮崎県には、離れた所に住んでいる同じ状態の信者が百人ぐらいいて、その多くは名だけの信者です。神父様は、「これ以上悪い状態の宣教地がたくさんある」とおっしゃるでしょう。それにしても、これほどの精神的困難を抱えているこの日本が、一番見放され、一番宣教師の少ない国です。長上に助けをお願いいたします。
 以上は、私たちの現状です。仕事が停滞していることが私たちの責任ではないにしても、霊魂が失われて行くことは納得できません。もし、言葉の難しさをよくご存じの長上が助け手を送ってくださったならば、今はこの状態ではないはずです。今年は、一グループを送ってくださるようですが、実際活動できるようになるのは一九三〇年です。そう思うと、悲しくなります。
 これで終わりです...、でなければ切りがありません。個人的な問題には触れないことにしましょう。ただ、皆が安心できますように、最初の二つの質問に早くお答えください。イタリアの会員たちにお話なさる時、難しい環境にあるこの宣教地のために祈ってくださるようお勧めください。困難に打ち勝つには、祈るしかないからです。
 私のためには何も願いません。ただ、祈り、祈りと特別な祝福を。
               あなたのヴィンチェンツォ・チマッティ神父

教え子への霊的指導
グリゴレット・ジュセッペ Grigoletto Giuseppe 神学生へ
                      宮崎 一九二八年七月十七日
我がグリゴレット君
 君の病気のことを聞いて悲しんでいる。天国のための功徳を積むことになるだろう。君が日本のために尽くしたことは、病気になったことに関係あるのかしら。心からありがとう!
 バルビ教授のことを気にするな。君を慰めるために、今、私たちが完成した仕事の見本を君に送る。これから、実践を通して改訂し仕上げてから、数年後これを印刷するつもりだ〔注.前述の文法のことである〕。今は、さらに辞書を手がけている。バルビ教授は一度も手紙を書いてくれていないが、これは君の責任ではない。
 落ち着いて、心配するな。私が君に赦すべきことは、何もない。もしどうしても赦してもらいたいのなら、赦しと共に天のお母さんの祝福も送る、また君を抱きしめて、毎日兄弟として君のために祈る。
 私のために祈ってくれとは言わない。やってくれていることを確信しているから。快活で、健康の快復に気をつけ、良い黙想会ができるように、また新年度がうまく行くように君のために祈る。今度は、神学の勉強を始められるのか。
 ここは、新しいことは何もない。仕事が増えるばかりので、千人の宣教師がいても皆のために仕事がある。実りはどうだろうか。主がそれをご覧になれば結構だ。日本では、仕事の実りを見たい宣教師は不幸だ。そういう人は、自分の国に残ったほうが良い。私は、人の形成のために三十年も働いてきたが、日本人のような特徴のある人々に出会ったことはない。
 神様は、きっと助けてくださる。祈りなさい、また人が祈るようにしなさい。モリャノ(Mogliano)の支部の会員皆、皆、皆によろしく。
                 君のヴィンチェンツォ・チマッティ神父

中国サレジオ管区との関係-別府の地獄-ロス司教の叙階式
リナルディ・フィリポ (Rinaldi Filippo)神父へ
     この手紙の別紙にあるとおり、別府教会のための活動は、一九二八年にさかのぼる。なお、同じ所にヨハネ・ロス司教の叙階式への参加とコンサートのことが書いてあるが、当時の広島教区の司教館は岡山にあった。イエズス会員のロス司教は、チマッティ神父の親友であった。
                     宮崎 一九二八年七月二十九日
親愛なるリナルディ神父様
 近日、もう一度私たちのことについて書きます。今は、正直に言って、メルリーノ修道士の誓願の手続をどうすれば良いか分かりません。管区長が書類を送り返してきたので、私はトリノに送ります。もしこのことで拳骨に値するのであれば...喜んでいただきます。(……)
 ご覧のとおり、私たちは、管区からも教区からも見放されたため中途半端になり、今は前よりも悪い状態になってしまいました。管区長の方は私たちを切り離したし、司教に対しては私の方が間違いを侵さないために何も変えていません。私たちの立場はハッキリしないわけです。
ご照会ください。私としては、いろいろな理由で楽しんでいますが...、メルリーノのこともあるし、会員たちも「私たちは誰に属しているか」と質問しています。チマッティ神父は差し出がましいことはしたくないのですが、これは、傲慢なのでしょうか。私が狂っているのでしょうか。しかし、長上に対する管区長の手紙も正しくありません。私が願うのは、自分の新しい任務を教えてくださることだけです。それは、にも書いてないのです(お手紙が迷子になったのでなければ...)。この状態での私の義務は、長上の助けを願うことです。そして、長上の務めはそれを与えること(すみませんね)。これはまた、私の権利です(これもすみません!)。こう申しあげるのは、私個人のためではなく、愛すべき会員たちのためです。
 近いうちに、また手紙でお目にかかりましょう。私のためのお祈りと祝福をお願いいたします。
             全くあなたのヴィンチェンツォ・チマッティ神父

別紙 〔Bollettino salesiano 記載一九二九年一月号〕
 (……)地獄の中 - 親愛なる神父様、この言葉を聞いて驚かないでください。こう呼ばれるのは、裕福な日本人が休息や健康快復のために訪れる素晴らしい海岸に恵まれ、日本一の温泉を有する、海に面した大きな町にある場所です。「地獄」と呼ばれる場所には熱い湯が湧き出、日本人がその中に入れた赤鬼が煮ているかのに時々姿を現わします。
 この町には、数家族の信者しかいませんが、季節になりますと、他の地方からも信者が集まり、外国人の信者も来ます。それで、み言葉を蒔くための良い土地です。別府というこの町は、娯楽の場所、また苦しみの場所でもあります。苦しむ時、人々は人生の問題に気付き、よりよく理解できるようになります。
 ある日、フランスの大使だったポール・クロデール氏が別府を訪れ、歓迎してきた市当局者に「この町に、「カトリック教会がありますか」と質問しました。そういうわけで、私たちは、自分たちに任せられているこの町で活動が始められるように小さな家を借り、日曜日と水曜日に、大分の会員たちが福音宣教のために訪れることになりました。
 この新しい事業を知らせるためにコンサートを開催してみたら、多くの人々が集まってきました。そして、鬼たちがお湯の中で煮ている間、私たちは、人々の心の中にイエス様が植え付けられるように、扶助者聖母マリアとドン・ボスコの助けを願いました。(……)
 親愛なるお父様、ただ今(八月七日)、マルジャリア神父とともに岡山市から戻ってきたばかりです。岡山では、(八月五日)代理区の新教区長に任命されたイエズス会のヨハネ・ロス(Ross)司教の叙階式に音楽をもって協力しました。夕方には町の大ホールでコンサートが開催され、大部分キリスト信者でない千六百人ほどの入場者の前で、邦人として最初に司教となった早坂久之助師の素晴らしい講演が行なわれました。主が日本に新しい牧者をくださり、教会のチャンピオンであるイエズス会に任せられたこの大事な地域に豊かな実りがもたらされ、新しい活力が吹き込まれることになるでしょう。
 親愛なるお父様、神の国が広められていることをお喜びください。けれども、日本が宣教師を一番必要とする国であることを忘れずに、お助けくださいますようお願いいたします。
               あなたのヴィンチェンツォ・チマッティ神父

日本の学生の夏休み
ヴァルサリチェ学院の神学生たちへ
     この手紙を宛てられたヴァルサリチェ学院の神学生とは、チマッティ神父の教え子たちではなく、来日後入学してきた新入生である。指導していた先生は、トネリ(Tonelli)神父という理科の先生、チマッティ神父の同僚であった。
宮崎 一九二八年八月二十日
ヴァルサリチェの我が友、学生の皆さん
 楽しい夏休みを! 試験の準備により休息の時間が無くならないことを期待しています。立派に試験をパスした人たちも本を忘れないでください。
 日本の仲間たちの夏休みは七月二十日から八月三十一日までです。過ごし方は世界中どこでも余り変わりません。海や山へ行くことが同じですが、日本には海も山も多いので、簡単に行けるのです。できる人はハイキングもしますが、大部分は月謝のためにアルバイトしたり、勉学欲が落ちないよう、いろいろな報告もあって、定期的に登校させられています。テニスやサイクリングもしますが、一番好むのは水の中にいることです。勉強は、それほどしないようです。日本の学生はおとなしい性格です(彼らにとって、私たちはあせっています)。言葉が彼らにとっても難しいから、ゆっくり進みます。この頃、軍からの一時的召集もあり、休み中でも生活は普段とあまり変わりません。
 私は今、少しの涼しさを楽しんでいます...、片手にはハンカチを(夏には何に使うかお分かりですね)、片手にはペンを握りながら...、開けた窓から夕暮れの涼しいそよ風が入って来ることを願っています。(……)
 毎日、君たちを思い出しています。嫌でなければ、また長上が許せば、喜んで毎月手紙を通して会うことにしましょう。
               君たちのヴィンチェンツォ・チマッティ神父

教え子への霊的指導
ソルド・アントニオ Sordo Antonio 神学生へ
                     宮崎 一九二八年八月二十六日
我が親愛なるソルド君
 お手紙ありがとう。私が使う便箋に驚かないでね。手元に青年会の今月のプリントしかないのだから。私は、君の返事が遅れていることに驚くことはない。君はいつもそうだったのだから...安心しなさい。チマッティ神父に書くため、睡眠不足にならないように気をつけなさい!
 君が黙想会で心を整理し、立てた決心により少なくとも次ぎの黙想会までがんばれると、私は期待している。今の神学生は、自分の時代とは違うと君は言っているが...、どうだろうか。君たちが最高だったと思うのか。それなら、進歩はどうなるのか。
 私との関係が薄れて行くことを君は不思議に思っているようだが、それは当然だ...。「目から離れると、心も離れる」という諺のとおりだ。いつまでも絶えない友は、イエス様ただお一人だ。
① 神学の勉強に真剣に取り組むようにと、もう一度頼む。それは土台だ。将来、後悔しないため、今、よく勉強しなさい。
② 音楽に関しては、君はチャンピオンになったことはない。それは、管区長の言うとおりだ。
③ 長上に関する君の判断を聞いて、私は笑いたくなった。君は問題をよく分かっていないから疑問に思っているのだ。現在、メキシコで教会を迫害しているカリエスCalles でさえ、神の権威を代理していることを思いなさい。
a) 下にいる私たちの務めは、長上を裁くことではなく、会憲に従って命令された時、従うことだ。...それだけだ! もし、君の意見で、長上が間違った命令をしたのなら、君は正しく従いなさい。最後の報告の時、神が君にお問いになるのは、他人が何をしたかということではなく、君が何をしたかということだ。 
b) 信頼には、自然的な面(シンパティー、気が合うことなど)と、意思による面とがある。前者がなくてもかまわないが、後者は必要である。会憲が要求する報告なら、誰でもできる。また、必要な時、管区長もいるし、会の長上もいるのではないか。
c) 問題になる司祭や神学生のこと...これは惨めな人間のことだ。我が神学生たちよ、もし自分たちの務めを果たしていれば、このような問題が起こるはずはない。長上にとって「無駄な神学生」はいないのだ。大切なのは、悪魔に戦いを挑むこと...。さあ、蹴っ飛ばしなさい。
d) 「洗濯をする女たちは、自分の使う石にいつも満足しない」というピエモンテ地方の諺がる。君もそうだ。仕事が変われば、すべてがうまく行くと錯覚している。修道者の幸せは、従順にある。三十二年も修道生活を営んできたチマッティ神父に言わせなさい。いくらか分かっているつもりだ。若者が自分を慕ってくれることで満足するな。これは感情にすぎない。主から愛されることを望みなさい。
ボヴィオ(Bovio)君は完全に沈黙している。いつか書いてくれるのかしら...。また、魚のように無口な人は他にもいる。ジョルダーノ君は時々書いている。でも、君たちが私のために祈ってくれることだけでも十分だ...。
では、我がアントニオ君、安心して、快活でまじめにやりなさい。きっと、主に喜ばれるのだ。
             いつも君のヴィンチェンツォ・チマッティ神父

9 教区長と準管区長チマッティ神父の抱負

新しい責任を負う
リナルディ・フィリポ(Rinaldi Filippo)神父へ
     この手紙にあるとおり、チマッティ神父は、ついに独立宣教区の教区長の任命書、またサレジオ会の準管区長の任命書を受け取った。役職を嫌っていた師は、従順にこの命令に従い、同時に両立場を兼ねることになった。
                      宮崎 一九二八年九月十一日
敬愛なる我がお父さん、リナルディ神父様
 任命書と権限の委嘱を受け取り、福岡の司教の元で命じられた誓いを立てました。これから、新しい責任を果たすため、組織や直接宣教の仕事に一層取り組みます。神に感謝!
 これで独立したのですが、...私としては、これからもご指導の下に居たい者です。ですから神父様も気をつけてほしいのです...。チマッティ神父には、飾りや彩の服装などは似合いません...! 変な態度を取らせないでください。
 今は、黙想会中です。中国管区のガレリ(Garelli)神父が指導してくださっています。気晴らしのためにもここに来させたのです。今回は、私や会員について新しい情報がなく、詳しい報告は次の手紙にいたしましょう。
① 私たちは、リカルドーネ神父の約束どおり新しい人材やシスターズを送ってくださり、助けてくださることを期待し、信じています。前にも書きましたが、誰が来るかを知らせてくだされば、中津や大分に派遣し、助かります。あゝ、もし長上が早く聞き入れてくださったならば...! 本部はまだ古いやり方だ、と神父様はおっしゃるのですが、少し近代化なさったらどうでしょうか! 私はインドの必要性を否定しませんが、日本が宣教師の一番少ない国だというきれい事を本部が承知していても、三年経った今まだ助けが来ないのでは、どうしたら良いのでしょうか。しかも、今送っていただいても、役に立つのは二年後です。今、二つの新しい教会を開く必要がありますが、どうしましょうか...。
② おかしいのは、来るのは近いと言われるのに、その会員やシスターズについて何の知らさもないということです。約束は、口先だけだったのでしょうか。私は、助けてくださるという神父様のお手紙やリカルドーネ神父の日本に対する熱意もあるのですから、悪く思いたくはありませんが...。
③ 神父様が準管区長の務めについて少し教えてくださることをお願いいたします。最後のお手紙によりますと、マカオから分離されて総長様を代表し、総長様に従い、報告する者だ、と書いてあります。私としては、今までのとおりです。もしそれ以上やるべきことがあれば、教えてくださいますようお願いいたします...。私が困るのは、法的な手続のことです。(……)
④ D.M.修道士の問題を解決するためにお助けください。帰国させる必要がありますが、一人では旅ができません。まして、海に酔う人ですから。ガレリ神父は、家庭の問題のためにイタリアに帰る必要があると話してくださいました。もしそれが実現するならば、喜んで伴にしてくださると言っています。これは最善の解決策です。この親愛なる会員を救うためにお助けください。
 最後に、この哀れなチマッティ神父、またその新しい務めの重荷をよくご存じでいらっしゃる我がお父様、特別な祈りをお願いいたします。
      心からいつまでもあなたの子ヴィンチェンツォ・チマッティ神父 

サレジアン・シスターズのための折衝
扶助者聖母修道女会の総長へ
     この手紙は、サレジアン・シスターズが来日するための、チマッティ神父の最初の直接の折衝である。本部の長上が仲介してくれると期待していたが、動きがないのを見て、ついに自分で書くことにしたのである。
                      宮崎 一九二八年九月十二日
尊敬すべきマーデレMadre 様
 マリア様の御名の祝日にあたり、甘美なる天のお母様にこの便りをお委ねいたします。
 総長様は、直接にお目にかかったことはありませんので、チマッティ神父をご存じでいらっしゃるか分かりません。それはかまいません。私の自己紹介は簡単です。「この世で一番取るに足らない者、今は、聖座や長上の命令により日本でサレジオ会の宣教活動を始めてきた者です」。
 私の長上は、尊敬すべき扶助者聖母マリアの姉妹たちが今年、この宣教地に協力するため、日本に来られると約束してくださいました。
 私がどれほど皆さんを待ち望んでいるか、主や扶助者聖母マリアはよくご存じです。そのため、総長様に幾つかの情報を申しあげることは無駄ではないだろうと判断しました。
a)日本の気候は良く、イタリアに似ています。夏は湿気が多いので、リューマチを患う人は要注意です。冬はよろしいです。最低気温は五度ぐらいです。
b)社会環境がキリスト教ではありませんので、貞潔や信仰の堅固な人でなければなりません。日本人の性格はとても難しいです。怒りっぽいシスターはイタリアに残ったほうが良いです。
c)和食が合わない人のためには(現在のサレジオ会員もそうです)何でも手に入れることができます。
d)日本人は勉強熱心なので、特別な才能、免許状等を有する人は成功します。
e)シスターのためには、幼稚園から福祉事業まで限りない働き場があります。
f)言葉は難しいですが、二年ぐらい勉強すれば、どのシスターでも覚えられます。 
g)シスターの霊的世話は不足することはないでしょう。
h)初めは家を借りたほうが賢明だと思います(既に目を付けている所があります。シスターズの人数が分かれば、すぐにでも確保できます)。
i)シスターズの生活習慣が分かりませんが、節約すれば、私たちが働いている宣教地の一日の費用はおおよそトリノ、ミラノ、ローマ等の大都会と同じです。けれども、団体の場合、特に野菜を作ったり、鶏等を飼えば、もっと安くなります。
j) k)(……) 
l)今年の三月から私たちは独立宣教区となり、教区長はサレジオ会員です。
m)早く良い召命も見出されるでしょう。既に待っている数名の少女がいます。姉妹たちが喜ぶように、私は、その中の一人にイタリア語を教えています。主は、扶助者聖母マリア修道女会のために、素晴らしい働き場を準備してくださっています。
n)日本は、米国とイギリスに次ぐ世界三番目の国であるとお思いください。原始人の中の宣教ではありません。便利な交通機関、郵便等があり、無いのはイエス様の信仰だけです。
 尊敬すべき総長様、ためらわず、早く良い人材や多くの資金をお送りください。主は、サレジオ会のと同じように、扶助者聖母マリア修道女会のためにも奇跡を行なわれるでしょう。     
        主においてサレジオ会員ヴィンチェンツォ・チマッティ神父     

天皇陛下の戴冠式の意味
ヴァルサリチェ学院の学生たちへ
     これからは、いくつかの手紙をとおして、その年の十一月に行なわれた昭和天皇の戴冠式についての詳しい紹介が出てくる。チマッティ神父は、受け入れてくれた日本国民に対して、深い尊敬の念を抱いていたことの証拠である。
      この手紙に初めてドン・ボスコの列福を話が出て来るが、当時、ドン・ボスコの墓はまだヴァルサリチェ学院の中にあった。
                      宮崎 一九二八年九月十九日
ヴァルサリチェの我が友、学生の皆さん
 試験の良い結果を喜んでいます。最後の勝利も得られるように祈りましょう。
これからは皆さんの新年度が始まりますが、在校生にとってはこれは新しい学年、新入生にとってはヴァルサリチェの新しい環境であり、皆にとっては、この一年は、身体、精神、道徳のすべての面で、自分の養成のために積極的に働く一年であってほしいのです。なお、このことを話しているのは宣教師だから、皆さんは宣教活動のためにもがんばってほしいのです。
 もしかしたら、来年はドン・ボスコの列福が実現します。思うだけでも嬉しくなりますが、皆さんは、ドン・ボスコのお墓の側にいますので、この機会を大いに活用してください。
 十一月十一日、日本にとって大きな祝い、天皇陛下の戴冠式です。全国民が心をひとつにして、この喜ばしい出来事を祝います。無事に行なわれますように祈りなさい。現在の天皇陛下は、カトリックを悪く思っていません。以前フランス語の先生だったカトリック運動の会長、海軍大将山本信次郎師が側にいます。また、皇后陛下のフランス語の先生も日本の貴族、聖心女子大学を卒業したカトリック信者です。けれども、天皇陛下を取り囲む人たちからの圧力が大変です。天皇陛下の好意が増し、保たれるように祈りましょう。
 私のためやここの宣教師たちのためにお祈りください。皆さんが望めば、今年は月一回手紙を書きましょう。また、勉強のために役立つ何かの情報が欲しければ、教えてください。喜んで書きます。
 毎日皆さんを思い出しています。日本人のお友達は「さようなら、Arrivederci」と挨拶します。皆さんの先生である私の教え子たちにもよろしく。
                心からヴィンチェンツォ・チマッティ神父

活動の報告
カヴィリア・アルベルト(Caviglia Alberto)神父へ
     チマッティ神父の同僚カヴィリア神父は、イタリアの歴史、文学、美術の研究家として高い評価を受け、最後にドン・ボスコの研究に全力を注ぎ、特に『ドン・ボスコの著作全集』を出版したことで知られている。
                           宮崎 一九二八年六月六日
親愛なるアルベルト神父様
 新聞や雑誌を通してあなたの凱旋のことを聞きました。偉大な人になったね!(聖トマスのような大きなお腹で...当然でしょう!)でも、いくら賞をもらっても、私にとってはいつもドン・カヴィリア、ドン・アルベルト、ベルト神父です。
 では、私たちの問題へ! 
① 日本では、税関通過は難しいです。物は一箇所に集められ、担当者は二人。教会への贈呈を証明する手紙があれば、物品は無税になり、早く通ります。私たちがこのことを知ったのは最近です。誰も教えてくれないので、自分の経験で学ぶのです。西洋人に対する警戒心がはとても強いです。文面に書けないことがあるのはあなたも分かるでしょう。
② 彫刻家ルンガルディエ(Rungaldier)氏からの写真が届いていません。聖テレジアの小さなご像が欲しいのですが、いくらするのでしょうか。
③ イタリアで行われている宣教師のためのキャンペーンについては、私も同感です。長上にも丁寧にそのことを書きました。チマッティ神父が違う意見であることは、何かの理由があるでしょう。神様が許してくださいますように! でも、最終的に同じ結果になるでしょう。「責任ある者が考えるように!Videant consules! 」 
④ マレスカルキ(Marescalchi)神父〔注.チマッティ神父のいろいろなオペレッタの脚本を書いた人〕の完全な回復のために、聖テレジアの取り次ぎを願っています。私は、この聖女を扶助者聖母マリアの秘書にしています。
⑤ 働きすぎに注意しなさい。(……)
⑥ 新聞の記事は嬉しく思いました。また、ドン・ボスコについての研究が読める時を楽しみに待っています。やっと、ドン・ボスコが光栄を受けられる時が来ました。私にとって、天国にいるような感じです。この重大で必要な仕事を完成するまで、神父様の長生きを聖テレジアが取り次いでくださいますように! まず、八十歳まで同じカヴィリア神父であってください!...後は、考えましょうね。(……)
 先日、東京、横浜、神戸、大阪等の大ホールで、私たちドン・ボスコの宣教師たちは姿を現しました。音楽を宣伝するためではなく、私たちの信仰とサレジオ会の名前を伝えるためでした。絶えない喝采、アンコール、花束、プレゼントを山ほど受けましたが、最も大切なのは、多くの人々に会えたことでした。十八日間で二十二回もコンサートを開き、プログラムと一緒に二万部の宗教に関する小冊子を配り、何回も話をして、三万人ほどの人々が初めて「イエス、しかも十字架にかけられたイエス、Iesum et hunc crucifixum」を聞くことができました。私たちは喜びに溢れて「キリストがすべての心に復活するように、Cristo risusciti in tutti i cuori」という歌を歌いました。もしトリノの聖ヨハネ教会の大コーラスとオルガンがあったならば...。神に感謝!
 我が親愛なるアルベルト神父様、これで十分です! 私のためにお祈りください。チマッティ神父はあなたを忘れません。すべての友だちにもよろしく。
                 心からあなたのヴィンチェンツォ・チマッティ神父
 
感謝の心
トネリ・アントニオ(Tonelli Antonio)神父へ
    トネリ神父はチマッティ神父と共に叙階された親友、ヴァルサリチェ学院の自然科学の教授、自然博物館の担当者、神学生に手紙を書くようにと勧めた人である。
                           宮崎 一九二八年九月二十日
我が親愛なるトネリ神父様
 神学生たちに対して、この兄弟に手紙を書くように促してくれたことを感謝します。私は、ヴァルサリチェ学院に多少愛着を感じますが、前のように学生に手紙を書きたい者だと思われたくはありません...。我がトネリ神父様よ、それはとんでもないことです。今の私の任務には、休む暇もないほどの大変な仕事があります。私たちが修道者だからこそこの仕事の理由が分かりますが、そうでなければ、お手上げしたくなるでしょう。
 チマッティ神父が手紙を書く本当の理由は、空気のように祈りが必要であるからです。神学生は祈れる、また祈り方をよく知っているので、これによって私は目標を達成できるのです。よく分かったですね。
 神学生に伝えなさい。チマッティ神父は、彼らの顔を知らなくても(でも、心は知っています)彼らの祈りを信頼し、みな私の愛する兄弟と見なしているのだ、と。
 我がトニノ〔注 アントニオの愛称〕、立派な使徒職の業を行なったことを、また友人の情報を送ってくれたことを、感謝します。(……)新聞でヴァルサリチェの試験の結果を読みました。神に感謝!
 誰が日本に来るかは、まだ知らされていません。時が来れば、知らせてくれるでしょう。派遣される人のことが分かった時、オリーブ〔注 苗のことでしょう〕などのことを考えましょう。
 私たちが準管区と独立宣教区にされたことによって、こちらの立場が明らかになりました。人材があれば、三つの新しい教会を開くことができるのですが、それを見込んで二軒の家を借りてきました。神に感謝!
 いつか学校を開くことになれば、生徒が蜂の大群のように集まってくるでしょう。神様にお任せします。チマッティ神父ができることではないからです。
 最近、台風のような嵐があって、根こそぎにされた大木の根っこの中から無数の黄色い粒を見つけました(それは、マホガニーの木です)。この次、拾ってきたそういう物を送ることにしましょう。
 十月上旬、東京で修道会の責任者たちの集会があるので、上京することになります。活動の横連絡が話し合われるようです。今回、これだけにしましょう。
                 いつもあなたのヴィンチェンツォ・チマッティ神父

教え子への霊的指導
ヴァレンティーニ・エウジェニオ(Valentini Eugenio)神学生へ
     この手紙の内容を理解するには、同じ人への前の手紙が参考になる〔...ページ〕
                         宮崎 一九二八年九月二十一日
我がヴァレンティーニ君
 君の手紙、またこの古い友が手がけている神様の事業のために協力してくれることを感謝する。君の手紙には次のとおり答える。
① 自分がやったことの結果を気にするよりは、主がそれを見せないで、やるための善意を保たせてくださることを願いなさい。
② 自分自身を神様に委ねなさい。
③ 勉強の時間を活用し、知っていること、できるだけのことをやりなさい。友人バヴァ君について、それぞれが持っている良いところを羨ましく思うな。数えきれないほどいる聖人には、二人の同じ聖人はいない。
 私が書いた「自分の信心が皆に好まれるものであるようにしなさい」という言葉の意味は、これである。公には、目立つことを避ける。個人では、やりたいままにやる。私は、聖人の評判のあった君たちの先輩ベルトラーミ(Beltrami)神父が公に祈るところを見たことがあるが、頭を下げるだけであった。けれども、個人的にやっていた時、違う態度だったと思う。(……)
 勉強の前後、自分の祈りをし、機会があれば、相手が誰であろうとも自由に信仰のことを話す。これは、悪いことではなく、良いことだ。言葉で言えない場合、少なくとも良い手本を示す。だが、わざとらしくではなく、自然に、良い習慣としてやる。そして、人が何を言おうとも、気にするな。
 自分の決心には、もし良いと思えば、次のことを加えなさい。
 第一には「...黙ることにする、または離れる。しかし、少しでも良いことができると思えば、話し合いに参加する」と。
 第二には「...必要であればやることにする」と。
 写真をありがとう。でも、それがなくても、君はいつも私の目の前にある。
 抱きしめながら君を祝福する。君も私に対してそうしなさい。
                 あなたのヴィンチェンツォ・チマッティ神父
 
現状の報告
リナルディ・フィリポ(Rinaldi Filippo)神父へ
     チマッティ神父は、教区長として東京で開かれた司教会議に参加し、これから日本の教会の状況をより身近に知ることができるようになる。今回の会議の報告は、次の総長への手紙で報告する。
                         宮崎 一九二八年九月二十六日
親愛なる我がお父様、リナルディ神父様
 この1日を締めくくる前に少し報告いたします。今日、二回目の黙想会が終わりました。少ない人数で二回やったのは、支部を空けて置かないためでした。ガレリ神父が講話をし、私は黙想を指導しました。メルリーノ修道士が終生誓願を立てました。(……)すべてはうまく行ったと思います。
 今〔十月一日から〕東京にいます。司教館に宣教地の責任者たちが集まり、互いの協力を話し合うことになっています。
 さて、私たちのことですが、健康はすべての面で良好です。
 仕事は、特に全責任を負うことになった今、不足しません。長上があらゆる方法、お祈りやご指導をもって助けてくださるようお願いいたします。
 一応、このままの体制で行きますが、状況が少しはっきりしたら、職務を分けるべきだと思います。違う分野で一人が二つの役を兼ねるのは、少なくともチマッティ神父の頭であれば、芝居になる危険があります。私はテーブルに座り、「今、おまえは準管区長だ」「否、独立宣教区の教区長だ」と考えたり、会員たちが来て、「お話したいのは、準管区長ですか、それとも教区長ですか」と聞くことになれば、おもしろい芝居になりますね。今は、疑問があれば、「愛しなさい、そして自由にやりなさい、Ama et fac quod vis」という解決策で行きます。独立している者ですから...。
 自分の務めに対しては、その場その瞬間、知っている限りできる限りやるようにしています。もっと大きな奮発心や熱意が必要ですが...。(……)
 ここで便箋を変えさせていただきます。日本では祝いのために使う和紙ですが、これではうまく書けません...。
 自分の黙想会は、説教しながらやってきました。ゆるしの秘跡をよく受けましたが、主は、私の心を乾いた状態にして置かれました。時々、そうなるのです。今回、完全に乾いた、冷淡で、嫌になるほどの状態でした。もちろん、私はこれ以上のことに値しますが、大変な時でした。ますます自分の感受性や傲慢を自覚します。すべてを、もっとよくやるべきです。一応、私の決心を改め、信心業、神との一致、責任感を深めるようにします。我がお父様、お祈りをもって、お助けください。
 会員たちについては万事よろしいです。皆、善意に満ち、仕事や良い業に励んでいます。仕事が増えていますので、日本をお忘れにならないでください。
 病んでいるD.M.修道士が帰国しますので、家事のために代わりの人が必要です。でなければ、また女性を雇わないといけないことになります。経済面での協力もお忘れなく...。この状態が続けば、いつまでも収支予算が成り立たないことでしょう。皆さんの困難な状況が分かりますが...。
 遅くなりましたので、祝福をお願って終わりといたします。
               あなたの惨めな子ヴィンチェンツォ・チマッティ神父
 
各自に、経済問題への協力を願う
聖フランシスコ・ザビエル準管区の会員たちへ
     準管区と独立宣教区が認可されたことにより、チマッティ神父には、サレジオ会員としての立場(サレジオ会の聖フランシスコ・ザビエル準管区)と宣教師としての立場(宮崎と大分独立宣教区)を区別する必要が生じてきた。そのため、この時点から、宣教師たちへの手紙とサレジオ会員への手紙を分けることにした。 
                            宮崎 一九二八年十月四日
親愛なる皆さん
 黙想会の恵みのために神様に感謝しながら、一緒に話し合って決めたことを、念のためまとめてみました。
①-④(……)
⑤ 経済問題のことに関しては、会員一人ひとりまた支部ごとに、増えている私たちの必要に応えるため、あらゆる方法、また友人や恩人から援助を探し求めるようにしましょう。もちろん、宣伝、教会学校の美化、また献金を願うための出費は、無駄遣いではありません。私たちの信仰、聖なる生き方、また御摂理を促す努力に応じて、献金も集まってくるでしょう。修道士や他の会員も、適切な節約や家の中の小さな工夫によってそのために貢献できます。皆でこの緊急課題を自覚し、解決のために協力しましょう。
                    皆さんのヴィンチェンツォ・チマッティ神父

宣教活動の基本方針の再確認
宮崎独立宣教区の宣教師たちへ
     この手紙では、今までの基本方針を再確認し、より具体的なものにする。その中に、「信徒台帳」の作成や「月二回、チラシを発行する」計画が出てくる。実際、この一九二八年から出され始めた。一九三一年まで数十枚が出され、チマッティ資料館に保存されている。 
                            宮崎 一九二八年十月四日

新年度のための活動プログラム
 この宣教地を任せてくださった聖座は、宣教活動を引き受けた私たちに奮発をもって使徒職に全力を尽くし、固く聖座との一致を保ち、父親の心であらゆる手段をもって、自分の魂と同じように信徒を世話し、信仰を広め、迷った羊を連れ戻すように勧めています。
① 信徒に対しては、今までやった仕事を固め、特に遠くに住んでいる人々や迷った人々に近づくようにし、声をかけたり、毎月、または三ヵ月ごとに訪問したりするという直接な手段、また手紙や印刷物等を送るという間接な手段を活用しましょう。信者でない人や求道者に対しては、経験が勧めるあらゆる有効な方法を使いましょう。
② 信仰を広めるためにこの一年間効果があった手段、また一層活用できる手段は次のとおりです。
a) 家庭や青空での幻灯(スライド)上映すること。特に遊び、音楽、小話、印刷物の配布を合わせる時に好まれるようです。
b) 訪問する場所の著名な人の協力を得ること。
c) コンサートを開催すること。この場合、講演を合わせるのも良いことです。
d) 良い印刷物を配布し、地域新聞を活用すること。
e) 機会があれば、あらゆる方法で御言葉を述べ伝えること。
③ 以上述べた活動プログラムの他に、宣教活動を始めるまた強化する郡を定め、その地域を研究し、一番適切な方法を考えるようにしましょう。(……)
④ カヴォリ神父は、信徒台帳のための登録用紙を準備してくれます。
サレジオ会支部の日誌の他に、九月から宣教地の日誌や歴史を記録し始めましょう。この大事な任務の担当者は、各教会の責任者とします。
⑤ 次に述べることは、布教のための提案です。
a) 今年から、資料が集まり次第、月に二回チラシを発行することを目指す。宮崎教会がそのまとめ役となります。神戸の若い信徒のグループから既にそのようなものが出ています。見本を頼み、もし良ければ、それらを活用することもできます。私たちの教会の名前もそれに印刷してくれるようです。
b) 配布方法としては、新聞折り込み、私たちや信者、または人を雇って配布するという方法があります。ただし、違反とならないように気を配るべきです。
c) 宣教地に対する外国での関心を起こすためには、サレジオ会の機関誌Bollettino SalesianoとGioventu` missionaria 誌という〔若者のための機関誌〕に記事を載せること、また個人の手紙が役立ちます。皆、積極的に協力しましょう。
d) 宣教地への経済的援助については、準管区の手紙に書いたことをご覧ください。
⑥ 邦人の召し出しのために働くことは、私たちの重大な義務です。次のことをお願いします。
a) 講話や霊的読書でこれに関する長上の指導を読み直し、実行すること。
b) 召し出しを起こすための方法を研究すること。
c) 今のところ、志願者のために三つの道が可能です。東京の神学校か、長崎の神学校か、または私たちの支部で準備することです。今年からこの事業が始められるように、主に願いましょう。どの道が一番良いかは、後に決めることにしましょう。
 では、神様、扶助者聖母マリア、ドン・ボスコや新しい保護者である小さき聖テレジアと共に、仕事に励むようにしましょう。
                  あなたがたのヴィンチェンツォ・チマッティ神父

東京での司教会議-天皇陛下の戴冠式-人材の問題
リナルディ・フィリポ(Rinaldi Filippo)神父へ
     特に天皇陛下の戴冠式に際し、国に対するカトリック教会の立場を明確にする必要があった。これは、東京で行われた司教会議の一つの課題であり、チマッティ神父は教区長としてそれに参加した。この時点で、国に対するカトリックの立場を説明するチラシも出した。
なお、この手紙で、長上に対して新しい人材の必要性を強い言葉で訴えている。
                            宮崎 一九二八年十月八日
親愛なる我がお父様、
 二日間東京に行って、一週間不在でした。そこでは、司教や各修道会の責任者たちが、幾つかの問題(天皇陛下の戴冠式、近いうちに提出される宗教団体法案、カトリック出版など)を打ち合わせるために会合を開きました。そのおかげで多くの人を知るようになり、多くのことを学ぶことができました。私たちの事業を望む司教が多く、一部が余り私たちを知らないにしえも、皆、私たちを愛してくれています。神に感謝!
 東京の大司教は福祉事業を私たちに任せたいと言っています。私は、直接、長上に書くように勧めました。私たちは、地方の宣教地を忘れずに、都会を目指すべきです。私の意見はこうです。機会があれば、提供された事業を受け入れ、現地を研究しながら働くようにすべきです。待ったり、躊躇したりするならば、サレジオ会は、躍進する日本に追いつかなくなり、人々の救いのために何もできないことになります。
 私が感じていることを打ち明けましょう。(暴言と思われるでしょうが...)、長上の皆さんは、日本が必要としていることが本当にお分かりでしょうか。それに応えておられるでしょうか。三年目になって、最初のグループの人数や力が衰え、仕事が減る代わりに増えています。止まることは不可能ですし、仕事を削減すれば、今までの宣教師たちと同じ状態になり、得たものを失ってしまいます。この状態で、どうすべきのでしょうか。毎年、長上がこの国のことを本気でお計らいになることしかないのです。でなければ、いつまでも出発点に留まり、(暴言を言いますが)日本に来ない方がましだったのです。
 神父様は、「かわいそうな我が子よ、お前は、長い旅行で頭が疲れてしまったのだ」とお考えになるでしょう。実際、往復それぞれ三十六時間汽車に乗るという楽しいことにより、神様のお陰で余り影響を受けませんでした。問題は、次のことです。今、人が送られても、私たちがすぐに使えば、中途半端な人にしてしまいます。結局、一九三〇年まで助けにならないのです。是非、私たちをお忘れにならないでください。(次のことも言わせてください...。今回、本当に大変なことを言ってしまいます。)日本より可愛がられている宣教地は、長上や教会にはもっと大きな慰めをもたらしているでしょう。日本は、雨が多くても実らない、地震や火山が多い国です。けれども、私たちはできるだけのことをやっていますし...、長上も何かをやってくださることを願っているのです。
 このことを書きながら、私は大変落ち着いています。喜びに満たされているのです。なぜなら、今日、小さき聖テレジアを祝って、その保護の下に初めて「マリアの子の会」の志願者を集めたからです。私は、自分の悩みをこの聖女に打ち明け、今年建てる最初の小聖堂のため必要である資金を集めるのに助けてくだされば、聖テレジアに捧げたいと約束しました。次のことも聖女に願いました。今年やこれから毎年、長上の固い心を少しでも日本に向かわせてくださるように、と。ドン・ボスコ、天のお母様、聖テレジアに私たちの問題を任せれば、万事はうまく行くと確信しています。
 経済的な助けもお願いいたします。ここの出費が重なり、現地の収入は少なく、外国で探しても、送られてくる寄付は僅かです。トリノでの私たちの貯金が貯まることを期待しています。今、カテキスタとして働ける人を見つけましたが、毎月、給料が必要です。神父様、私たちのために御摂理となってください。
 あゝ、我が日本の宣教地! 手段や人材に乏しく、善意だけが富んでいます。神様の祝福があらんことを祷ります。これがあれば十分です。でも、務めを果たすためにこれだけでは足りません。(……)
 最後に、この私のためにお祈りください。最近、数日間、今まで体験したことがないほど、つまらない想像がしつこく続いています。悪魔の奴は、私から何を得ようと思っているのか。祈りながら落ち着くようにし、神様の御手に身を委ね、(聖テレジアの言葉だと思いますが)こう祈りました。「我がイエスよ、今、あなたはどこにおられるのですか...。私の頭に浮んでくるものは、あなたがお創りになったものです!」
私のために特別にお祈りください。さあ、喜びのうちに進もう! 心の善い神様は助けてくださるでしょう。心から神父様を抱きしめます。
                   あなたのヴィンチェンツォ・チマッティ神父

別紙 - 日本の天皇陛下の戴冠式(Bollettino Salesiano一九二八年十二月号記載)
 日本は、長い間、天皇陛下の戴冠式を準備し、首都はそれに全力を注ぎ、道府県や個人もその祝いと記念事業のために寄付を募っています。
 キリスト信者も、宗教儀式や市民行事への参加をもって天皇陛下に対する敬意や服従を表わそうとしています。これは、自然の感情であり、私たちの教えでもありますが、日本人にとって、天皇陛下は国民の考えと希望を代表される方です。(……)
 ご即位の式は十一月十日から十四日まで京都で行なわれます。その間、毎日、古代の伝統に従って厳かな儀式が執り行われます。
 天皇家の創始者は神武天皇とされています。今の即位の式次第がA.D.九二七年に初めてまとめられ、現在の形で決定されたのは一八八九年でした。(……)
即位式は、前天皇ご逝去後三年目に執り行われますが、ご逝去のすぐ後、簡単な式で引継ぎが行なわれ、今回、一九二六年十二月二十六日に行われました。(……)
 十一月六日、東京からのご出発により祝いが始まります。八世紀の服装に着飾った京都までの行列は、形容し得ない荘厳な美しいものです。(……)
 式が締めくくられるのは、神道のひとつの一番古い儀式、初物奉納の祝いによってです。六、七世紀のものを再現する新しい神社において、夜、大昔の祭服を着て、かがり火の光の下で奉納が行なわれます。ご飯を炊き、八つの食卓の上に全国から届けられた初物を飾り、神楽を奏でながら神々に初物を供えます。天皇陛下がお祈りを捧げ、別な食卓でいろいろな食物をお召しになります。これで儀式が修了するのです。
 続いて、数日にわたって外交官のため、そして役人のためのパーティーが開かれ、東京では十一月末軍のパレード、十二月には海軍の閲覧をもってご即位の祝いが修了します。
 この出来事を祝うことにより、日本は自分の偉大さを示そうとしています。現代の物質文明の先端を行く国々と共に並ぶ日本がそのために古代の宗教儀式を使うことは、今の現実と、古い考え方のコントラストを象徴しているといえます! このことからも、考え方の発展が遅いことや、宣教活動が難しいことは理解できると思います。
                サレジオ会宣教師ヴィンチェンツォ・チマッティ神父
 
イタリアで行なわれる総会への参加の問題
リナルディ・フィリポ(Rinaldi Filippo)神父へ
     この手紙には、一九二九年イタリアで開催される総会へのチマッティ神父の参加について書いてある。参加しないための理由を並べているが、最終的に参加することになったのである。
                          宮崎 一九二八年十月二十五日
親愛なる我がお父様、
 近日、月の報告をお送りするつもりですが、なぜか分かりませんが、すべては遅れてしましました。
① 私自身、聖徳の道に遅れています。そして、日本では聖人でないと何もできません。
② 仕事にも遅れています。(……)
今回、必要の多いこの特殊な宣教地に協力してくださった長上の善意に対して感謝いたします。私たち皆、祈りながら、お送りくださった助けが来るのを待っています。というのは、トリノから上海に届いた情報によりますと、十一月十三日、東洋に向かってフルダ号に乗った四人のうちの三人が日本のためであると聞いたからです。神に感謝! 前もって分かっていれば、旅行中のために何かを願ったでしょうが...、これでも結構です! また神に感謝いたします!
③ 準管区長の権限が分かりました。(……)
④ 総会への出席については、私の率直な意見を申しあげます。
a) 総会のためであるとはいえ、三年しか経っていないのに私が帰国するのは、会員たちはどう思うでしょうか。
b) 私にとって、とても必要であるこの僅かな日本語を、全部忘れてしまうのではないでしょうか。
c) 総会において私が貢献できる光は、煙たいろうそくの光ぐらいでしかありません。
d) 既に重荷を負っている会員たちの肩には、私の仕事もかかってしまうことになります。
 確かに、イタリアでの仕事は、直接私がやれば、早く済みますが、今申し上げた重要な理由により、私をここに残してくださるようお願いいたします。もし、どうしても行かなければならないことであれば、「来なさい」とはっきりとおっしゃってください。今すぐにも出発します。理解ある会員は、補ってくれるでしょう。その場合、幾人かの人事異動が必要でしょう。たとえば、宮崎のカヴォリ神父には、助けが必要になります。(……)
 今日は、このぐらいにいたします。あ、ひとつ忘れました。十一月、上海からヴィミナーレ号に乗って帰国する中国の宣教師と共に、D.M.修道士が出発します。これは、御摂理の計らいです。日程が分かり次第、お知らせいたします。イタリアのLloydの船ですから、宣教師として食費だけを払い、他は無料です。神父様のご協力により、旅行に必要な費用はあります。言うまでもなく、皆、神父様を思い出しています。特に
                   あなたの子ヴィンチェンツォ・チマッティ神父

サレジアン・シスターズの来日を願う
扶助者聖母マリア修道女会の総長へ
                         宮崎 一九二八年十月二十九日
尊敬すべき総長様
 この私をご存じであることは嬉しく思います。また、人材確保の困難な時代に、聖フランシスコ・ザビエルの苦労や多くの殉教者から耕された日本に、天のお母様扶助者聖母マリアが貴修道会のために準備しておられる広い畑で早く事業を始めたいお気持ちを伺い、とても喜んでいます。
 しかしながら、シスター方の派遣についてまだ何も決まっていないことをお手紙で聞いて、とても驚きました。私は、リナルディ神父や、現地をご覧になったリカルドーネ神父にこれについて書きましたし、私が望んでいるならシスター方が来てくださるという返事も受けていたので、とても希望に燃えていました。信者たちもそのことを聞いて大変喜び、既に家を探しているところです。
 まあ、これも神様の御摂理のご計画でしょう。神様のお望みより先走りして、この国でドン・ボスコやマリア様の事業を発展させたい私たちの傲慢さを辱めるためです。
 すべてを主にお委ねしますが、もし、宮崎宣教区の責任者から、貴本部に対して何かの手続きが必要であれば、すぐにお知らせください。一年を失えば、取り戻せないからです。シスター方が効果的に働けるには、二年間言葉を勉強しなければならないのです。
 私は、準管区長としてではなく、(この立場なら、再度サレジオ会の長上に手続きをしますが)、宮崎の独立宣教区の教区長として、扶助者聖母マリアのシスター方がこの宣教地に早く働きに来られるよう、正式にお願いいたします。ここでは、すぐに幼稚園や教会学校で働けます。少女たちは、場所が足りないほど多くいます。小さき聖テレジアの保護の下にある扶助者聖母マリアの会の志願者は五十人、マリアの子の会は三十人、信者の母の会は五十人もいます。これらの会は、最後の二年間に設立されたものです。どれほど多くの仕事がシスター方を待っているのでしょう!
 総長様が賛成してくださることを熱望しています。そうでなければ、信者をこの状態に置かず、また信者でない人々の救いを遅らせないために、他の修道女会を呼ばないといけないことになります。それは、周りの人々からおかしく思われることでしょう。
 この願いが良い結果をもたらしますよう、扶助者聖母マリアの御手にお委ねします。
             尊敬の念をもってヴィンチェンツォ・チマッティ神父
                       宮崎独立宣教区の教区長

天皇陛下の戴冠式の準備
ヴァルサリチェの神学生へ
                         宮崎 一九二八年十月二十九日
我が友、神学生の皆さん、
 新入生を含めて、皆さんのために良い年度であるようにを祈ります。来年、皆さんに顔を合わせ、日本の私たちが恩人と見なす皆さんに感謝できると思います。私たちのために働きと祈りを続けてくさい。私たちも皆さんのために祈ります。
 今日本では、天皇陛下の戴冠式の準備中です。イタリアの新聞にも詳しく記載され、Bollettino Salesianoでもこの感嘆すべき式の報告が読まれると思います。これは、神道の豪華さを示す伝統であり、国民を結ぶ強い絆でもあります。もしこの絆が切れれば、それに代わる強いものがない場合、すべてが崩れてしまうと思います。
 この期間中、事件が起こらないように祈りなさい。日本にも革命的思想が浸透し、思わぬ早さで勃発する危険性があるからです。
 この季節には、皆さんの仲間、高校生たちは運動会に励んでいます。長い準備のため、勉強に専念することができなくなります。ここの体操は、パレードというよりスポーツ、訓練です。高等学校の場合、軍人が体操を教え、生徒たちは武器(鉄砲など)の使い方を習い、武器を担いで軍のパレードに参加します。本当の兵役の準備といえます。
 徴兵は、二十一歳からです。呼び出しの方法は私たちのと違いますが、結果は同じです。現役でない人には、定期的に(季節ごとか、祝いの時か分かりませんが)知らせ、訓話、指導などがあり、一日、一週間、一カ月も集合に参加させられています。政府は、集会、新聞、映画、本、講演などあらゆる方法を通して軍隊の精神を培うようにしています。
 君たちも、キリストの良い兵士、家庭においてや、イタリアのために良い兵士となりなさい。心からよろしく。皆さんのためにお祈りします。
                   あなた方のヴィンチェンツォ・チマッティ神父
          
この時点での切実な悩みと希望
リナルディ・フィリポ(Rinaldi Filippo)神父へ
                          宮崎 一九二八年十一月六日
親愛なる我がお父様、
 無事に過ぎた諸聖人の祝日に、長崎の邦人司教ヤヌアリウス早坂久之助師が私たちの教会を訪れてきました。今、少し落ち着いたところで、いつものようにご報告いたします。
① 健康について 最高の状態です。食べ、飲み(水を好むようになった)、眠り、そして、神様のお恵みにより常に仕事に従事し、すべては順調です。残念ながら、過労死するほどの仕事がありません。ただ、目上の職務は、私にとって最悪です。私は、そのために十字架にかけられています。慰めになるのは、一人ではないということです。実際、神父様は私よりもその状態になっておられます。そうかといって、大した慰めにならないのです。
② 勉強と仕事について 私が持っていない髪の毛の先まで追われています。けれども、もし言葉をよく話せて、外国の友だちにまでこの美しい日本のことを思い出させる必要がなければ、もっとたくさんの仕事ができるでしょう。長上に関してもそう言えます。地図の上でしか日本をご覧にならないので、小さく見えます。そして、「長上は、小さいことを余り気にすべきではない、De minimis non curat praetor」という考えに従っていらっしゃるようです。私が思うには...、まあ、ここで話を止めます。でなければ、文句を言ってしまうことになります!
 私の務めを果たせるかについては、息がある限り、私は次のことを繰り返し申しあげましょう。「目上の役目は、私にはできません。」これが問題です。そのために私は大変つらい時を過ごし、命令ができないから、会員たちにもそうさせます。結果は、すべてがうまくいかないことです...。一生懸命にやってはいますが、できないことはできないのです。長上の皆さんがお助けくださるようお願いいたします。従うことは、美しく、聖なることなのに、なぜ、チマッティ神父が命令しないといけないのでしょうか。私には、今までこの大変な問題を理解したことはないのです。私は、傲慢のゆえに自分が偉い者だと思いたくなりますが、実際は、命令すべき時に命令できない、責任が重なってくる、目が届かない、また分からないことが多いから人に委ねる、そのためまた、愛徳の業だと思い、望まないで会員と衝突することになる...。
③-⑤(……)
⑥ 兄弟愛について 神様の愛に基づいて皆と仲良くしようとするのは私の唯一の望み、私が努めているところです。けれども、前述の目上の役目が果たせないためことは思うように行かず、時々、私たちの小さな共同体が曇ってしまうことがあります。これは、言い表せないほどつらいことです。確かに、意識的、わざとではありませんが、晴れるまでには何日もの間、嫌な気持ちが残ります。
 私のこの不適性のため、アントニオ〔カヴォリ〕神父は大変苛立ってしまうことがあります。我がお父様、私ができないのですから、どうすれば良いのでしょうか。アントニオ神父もこのことについて手紙を送ってくださったそうですから、私は安心です。
⑦ 他の問題点 私の愚かさから来ること以外、何も見当たりません。
 私は、神父様に対する子どもの信頼をもって、もう一度、大切にしていることを強調いたします。こう申し上げることも、実行することも(その必要がないように神様に願っています!)従順に反することではないと思っています。つまり、司教などMonsignoreの服装や飾りのことです。多くの聖人や立派なサレジオ会員がそうしました。私は、決して、聖人、善いサレジオ会員だとは思いません。この私は、他人においてそのようなものを尊敬し、称えることもしますが、私に限って、そのようなものを心から忌み嫌っています。もしかしたら、神父様は、「お前がこう考えているのは、思い上がり、傲慢のためだ」とおっしゃるかもしれませんが、私は、ドン・ボスコの教育法に従って、予防したいと思っています。このことを申しあげて、すみませんね。強調する必要があると思ったからです。
 会員について カヴォリ神父は、苛立つ時、話さなくなり、食べなくなります。原因が私にあると認めます。私がはっきりと命令せず、正すべき時に正さず、前もって見通して計らわないからです。お祈りで私を助け、この大変な状態から解放されるようにしてください。
 今度来てくれる新しい人材を待っていますが、トリノから何の情報もないのは不思議です。これは伝統なのでしょうか...、それとも習慣ですか。エスクルセル(Escursel)神父の小包が来始めているのは、他から聞いたことは本当だということのしるしです。善意に満ちた人のようですから、神に感謝!
 先ほど、カヴォリ神父と一緒にいろいろ話し合いました。結論はこれでした。「我がアントニオ神父様、問題は私にあるのです。兄弟愛をもって、すべてにおいてお助けください。主はお分かりです。長上も見ておられます。私の願いを聞き入れてくださるでしょう。」
ご覧のとおり、私が申し上げましたとおりです。お願いです...。もし、より簡単な解決のために私がイタリアにいた方が良い、または場所を変えて、必要があれば地球のどこでも良いですから、「どうぞ、お送りください、Ecce ego, mitte me!」
私を祝福してください。心から神父様を抱きしめます。
                  あなたのヴィンチェンツォ・チマッティ神父

後書 - 院長たち、すなわち、チマッティ、タンギー、ピアチェンツァ神父の任期は満了です。これは良い機会です。我がお父様、この問題をお考えになり、私を信じてください。人の救いのためには、思っておられるより緊急な問題です。神父様には秘書が必要ではありませんか。私には理想的な立場です。 

教え子への霊的指導
ジョイエウザス・アベレ(Jojeusaz Abele)神学生、教え子へ
                          宮崎 一九二八年十一月十三日
我がアベレ君、
 お手紙、また私を思い出し祈りを捧げてくれることを心から感謝する。私も、君のために祈る。当時、私たちの魂は主において一致し、今も主から分かれることのできない状態になっている。君との出会いにより、私は良いものを得たのである。
 ニュースをありがとう。次は、君のための私の勧め。
「完徳において、あせってはならない。また、過去のこと、良かったか悪かったか、余り気にしてはならない。」ドン・ボスコの言葉に従いなさい。「流れた水は、もはや水車を回さない。将来は、主の御手にある。自分の手にあるのは、現在の瞬間だけである。できるだけそれを活用し、喜びを持って進むのだ。」
 一緒に夏休みを過ごした所を思い出してくれて、神に感謝! 神様の御心を行なったものなら、夏休みにも万歳! 本の中に書いてあるとおり、宣教師の生活が大変だと思わないでください(私が言うのは、日本のこと。他の所が分からない)。(……)
 昔のように、心から君を抱きしめて祝福する。
                   心から君のヴィンチェンツォ・チマッティ神父

ヴァルサリチェ学院の神学生へ
                     宮崎 一九二八年十一月二十日
親愛なる神学生の皆さん
 クリスマスと新年に際しお祝いを申し上げ、ご家族や皆さんの勉強のためにお祈りします。主が私の祈りを受け入れてくださいますように!
 皆さんは、天皇陛下の戴冠式のことを知りたいでしょう。新聞でも読んだと思いますが、私もサレジオ・ニュース(Bollettino Salesiano)のために書いたし、また書く予定です。国民全体が式典のために心をひとつにしていることは素晴らしいことですが、ここで暮していなければ想像もできない、また大げさに思うことでしょう。
 この機会に、一般市民は貯めておいたきたお金を全部使い果たし、一週間、歌ったり、踊ったり、食べたり、飲んだりして、祭りの雰囲気になりました。
 京都の祭典には参加できませんでしたが、宮崎でより小規模の祝いに参加しました。どこでも万歳と乾杯があり、二千人のための大宴会もありました。この場合、日本では折り詰め弁当を持ち帰るだけです。その日、宮崎の街中、祝いのために正装した紳士たちや偉い役人たちが、天皇陛下から賜ったお弁当を風呂敷に包んで幸せそうに持ち帰っていました。
 東京では、一万人の招待者がいましたが、これも日本なら簡単です。皆一緒に乾杯してから、一人ひとりがお弁当を持ち帰るのです。(……)
 今回はこの程度にしましょう。他の友だちにも書かないといけないからです。これから一週間もコンサートのために出かけます。これによって、教会に入らない一万、一万五千人の市民に良い言葉を述べ、感動させることができるでしょう。もしイタリアだったら、椅子、またはそれ以上の物を投げるのではないかと思いますが、まあ、世の中はこうなっているのです!
 皆さん、祈りとあらゆる方法で私が少しでも人々のために役立つようにお助けください。すべては、皆さんのお陰です。
クリスマスと新年おめでとうございます。
              あなた方のヴィンチェンツォ・チマッティ神父

天皇陛下の戴冠式の報告
リナルディ・フィリポ(Rinaldi Filippo)神父へ
     天皇陛下のご即位の式典を報告するこの手紙は、一九二九年三月号のBollettino Salesiano に記載された。式典に際し、チマッティ神父は天皇陛下の上に神様の祝福を願う『大礼奉祝の歌』を作曲し、教会で歌わせた。十一月号の『ドン・ボスコ』の第一面に、天皇陛下が皇太子の時にバチカンをご訪問された写真やお祝いの言葉を載せている。
                    宮崎 一九二八年十一月二十一日
親愛なるリナルディ神父様
 前の手紙では、十一月十日から十七日まで一週間にわたって大式典が行われる予告を書きました。この出来事は、日本大帝国全体の日常生活を変え、その期間中、国民は昔の考え方、信仰、習慣、祭りの雰囲気に戻りました。
遠い九州にいる私たちは、東京、京都、その他の大都会の式典は見ることができませんでしたが、宮崎で行なわれたことから判断しますと、すべての町、村、家庭がこの麗しい出来事で歓喜に満たされたことが分かります。中央から出された指令は、驚くべき正確さと敬虔な態度で全国で実施され、十一月十日午後三時、天皇陛下がご即位を宣言された瞬間、ご臨席の人々の万歳三唱に合わせて、全国民も広場や学校、工場、家の入口に立ち、心、考え、尊敬の念をひとつにして、天皇陛下の写真の前で一斉に万歳を三唱しました。ごく自然に、敬虔な姿勢や喜びをもってひとつの指示で、祝砲の轟きやサイレンが響く中で、何千万人もの人が一斉に天皇陛下を称えたのです。
 ドン・ボスコの子らも、第二の祖国である日本の喜びに心を合わせ、市民と共に万歳三唱の声を上げ、市の大ホールでの式典で天皇陛下のために乾杯しました。日本人は、私たちの礼儀正しい、当然の尊敬の態度を歓迎し、新聞でも記載しました。イタリアやドン・ボスコのための名誉となったのでしょう。
 十四日、全国のカトリック信者も司教様たちの勧めに従い、教会の式の中で感謝の賛歌(Te Deum)を歌い、天皇陛下、皇族、祖国の上に神の祝福を願いました。祝いのために飾りつけられた私たちの教会でも、信者やそうでない人々が荘厳な儀式、行事、イルミネーションをもって天皇陛下を称えました。(……)
 何よりも、一般庶民の祭りの雰囲気が目立ちました。人々は想像力や才能を発揮し、知っていること、できること、やれることを全部やった、またやろうとしました。町や村、家、店、工場を飾り、仮装行列で歴史を再現し、人が一番集まる所で歴史的人物の姿に扮し、演劇をしたりして、独特な楽器、琴、三味線、琵琶の音に合わせて伝統的な歌を披露しました。
 過去の思い出の中にモダンな日本の姿が入りまじり、人々の想像力が鮮やかな装飾や昔を思わせる歌や音楽を生み出し、一週間も明日のことなど考えないで、過去の思い出や目の前の酒に酔う庶民的なお祭り騒ぎを繰り広げました。
 今は、祭りが終わり、その思い出が何かの公共事業に残っています。日常生活のリズムが戻り、宣教師たちも自分たちの仕事を続けています。私たちは、これらの出来事の結果を考え、神様がこの偉大な国民の救いを早めてくださるように祈っています。そのためにもイタリアの友だちの祈りも願っています。
                   ヴィンチェンツォ・チマッティ神父

10 宣教活動の新しい発展を目指して

新しい発展と人材の必要を訴える
リカルドーネ・ピエトロ(Ricaldone Pietro)副総長へ
     長い間沈黙を守ったリカルドーネ神父への返事である。内容は箇条書きで、具体的である。リカルドーネ神父は、チマッティ神父の字が小さく、ばらばらの紙切れに書かれていることで読むのに疲れると忠告してきた。
チマッティ神父が気にしているのは、リナルディ総長が、人材や経済的な困難のため事業の発展を停止すると指示したことである。
                    宮崎 一九二八年十一月二十三日
親愛なるペトロならびに尊敬すべきリカルドーネ神父様
 神父様が私の責任で大切な時間を費やされたことを心から悔やみます。これからは、できるだけ読みやすく書くようにいたします。
私たちは、神父様が死んだのかと心配していました。今も何があったか分かりませんが、途中で思わぬ事件にお遭いになったことを聞いた後、沈黙...、その後、東洋に派遣される四人中の三人が日本のためだという上海からの情報...、次は、長上への私の文句の手紙...、続いて、待ち憧れていた神父様のお手紙が届きました。その中に十分な説明があるとは言えませんが、まあ、どうなるかを見ましょう...。もしかしたら、届いていない手紙があり、その中に新しい人たちについてどこで上陸する、なぜ上海回りで来るか等の説明があるのかも知れません! まあ、ここまでにします! でなければ、また文句を言ってしまう! 長上が決めたのなら、良いことであるはずです!
 では、私たちのことを。
① 〔私の字が読みにくいとおっしゃるから〕今、手書きしていた分を破きました。けれども、長上が判断できるように、私は送るべきだと思う必要な情報をお送りします。
② 独立宣教区や準管区の問題に関しては、すべてはっきりしました。神父様やリナルディ神父様の説明や、聖座から与えられた権限により、間違いを犯さないで歩むようにします。何か疑問があれば、質問ができるでしょう。まあ、チマッティ神父は、どうすべきかを知る必要があり、分かっていれば、実行します。失敗したり、どうしようもない状態になることもあるでしょうが、一応、指示されたことや、打ち合わせたとおりに実行したならば、神様の前で安心します。
 リナルディ神父様やリカルドーネ神父様は、私の一番大きな悩みをご存知です。私は、息がある限り、自分のため、また会員たちのためにも、自分が長上の役目から解放されることを願いましょう。私は、従順の功徳以外、この役目に何の意味も見出しません。従順を損なわない限り言わせてください。私にとって、長上であることは、この世で一番無意味なことです...。まあ、言い過ぎないようにしましょう。もっと酷いことを言わないためにここで止めます!
③ お手紙に何回も「トリノに来る時」とありますが、私は、リナルディ神父様にも自分が来るための難点を説明しました。長上が「来なさい」と命令すれば、私は良心上で安心です。私にとって、日本語を忘れること、会員たちに負担をかけてしまうこと、日本に来てまだ日が浅いこと、会員に悪い手本を示すことなどは、私がここに残るための十分な理由だと思います。私の気持ちをよくお分かりの神父様は、どうすべきかおっしゃってください。もし行くべきのなら、いつ、何を準備すべきかを教えてください。
④ ご援助をありがとうございます。長崎の早坂司教の協力により、早く小神学生の小さいグループが始められると期待しています。東京のシャンボン司教からも、邦人司祭のための後援会があることを伺いました。神父様がおっしゃったとおりにいたします。
⑤ 大阪や東京の司教がサレジオ会を誘致したいことに関しては、長上の皆さんにお任せします...。総長様の回書を読んで、ふっとこう思いました。
a) 幸いなことに、同じ事情でルア(Rua)総長やアルベラ(Albera) 総長が事業拡張停止を決めた時、神様のみ摂理によりそうなりませんでした。今、手元に歴史の資料がありませんが、証明は難しくないと思います。願わくは、宣教地の発展を促進させることを決められたリナルディ神父の任期中、主がこのような致命的停止をお許しにならないように! チマッティ神父は政治的対策が分かりませんが、もし、日本でこれからの四、五年、宮崎、大分、中津でしか活動できないということになれば、皆を呼び戻した方がましです。
b) これ以上言わないことにしましょう。私にとって、歴史を見れば、先ほど申し上げましたことは明白です。これからも安心して眠ります。申し上げましたとおり、これは、ふーと浮かんだ考えです。このことを申し上げて、悪かったのではないのでしょう。
c) 教材を送ってくださることに感謝いたします。一番緊急である宗教を教えるための具体的な教材、大きな図柄、きれいな幻灯等を期待しています。
d) シスターズについてはどう言えば良いのでしょうか。残念ながら、今年はもう遅いです。私たちの状態を考えれば、私と会員たちのために不安です。まあ、もし、神のみ摂理により資金が手に入れば、幼稚園でも始めます。これは、信仰を持たない人や家庭に近づくため。一番良い方法です。日本人の信者の中でも十分な人材が見つかります。もし、足りないならば、他の女子修道会を宣教地に誘致します。やはり、我がリカルドーネ神父様、あらゆる方法で試さないと、善のチャンスが失われ、人々の魂が失われます。神様が与えてくださるこれほどの恵みを放って置いてはなりません。お考えください。日本の文化を理解するための言葉の難しさや、三年経ってまだ一人も来ないことを...。これで、三年も失われました! 一人の会員が戻ったし、身体の弱い者もいます...。それでも万歳! 主において喜びましょう! 困難が多く、大変ですが、動けば、何とかなるでしょう。かえって、溜り水のようになれば...。
先ほど別れた父親の会の一人の信者が、今度の日曜日、信仰を持たない家庭で行われる幻灯会において、宗教についての話をします。「今まで、宣教のために何もできませんでしたが、今は、皆さんのお陰で、私にも話する機会が与えられました。ありがとうございます!」と言ってくれました。
 日本とお別れなさった時、リカルドーネ神父様はとても感激なさっていました! そのお気持ちを持ち続け、私たちの必要をお考えください。日本のためやり過ぎだと、お思いにならないでください。これは総長様の回書に反することであるか分かりませんが、来年、是非、修練院も、シスターズの来日も実現するようにしましょう。まさか、四、五年も待つことはないでしょう。
⑦ 田野教会の認可を感謝いたします。(……)
⑨ 今回、イタリア人らしく、明解に書きました。その点では、日本人らしくないのです。彼らは、明解に書くことは得意でないようです。私の字が読みにくいのは、使った紙によるのかも知れません。しばしば切れ端を使うからです...。まあ、このことも改善するように努力します。

 最後に、親愛なるリカルドーネ神父様、私のためにお祈りください。私にとって、日本に来たことは精神的にとても役立ちました。私の状態について目を開かせ、自分の能力や聖徳の無さを悟らせてくれたからです。これは、明白なことですから、本気で言えます。神に感謝!
 私が神様のお恵みを無駄にしないようにお助けください。クリスマスおめでとうございます。主において抱きしめます。
        あなたのヴィンチェンツォ・チマッティ神父、サレジオ会員

田野教会のための補助願い
宣教聖省(Propaganda Fide)へ
チマッティ神父は、宣教地の責任者として新しい事業を始める時、バチカンの宣教聖省に援助を願う。今回は、田野教会の建設のためにそうした。この聖堂の落成式は、チマッティ神父のイタリア滞在中、一九二九年六月十六日に行なわれた。サレジオ会が建てた最初の教会で、海の星(聖母マリア)と小さき聖テレジアとに捧げられたものである。
                    宮崎 一九二八年十一月二十五日
枢機卿閣下
 (……)宮崎県の田野という小さな町に、二年前から五十名ほどの信徒が共同体を結成しました。その世話をするために、私たちは大きな犠牲を払って、今年から週二回の要理研究や、月二回のミサを立てています。やむを得ず、信徒の家でします。
 信徒や、そうでない人々の間で得た実りを固めるために、また費用や時間を節約するため、小さな聖堂が必要です。それを幼きイエスの小さき聖テレジアに捧げたいと思います。
 土地、また一五〇~二百人のための建築の見積もりを取ってみたら、二万五千イタリア・リラとなっています。
 方々、援助を探してみましたが、今のところは何も得られませんでした。一応、この地区の開拓を促進してくれる宮崎県は、建築が完成したら、五、六千リラの補助を出してくれると約束しました。ただし、今年度の三月まで建築が竣工しないといけないという条件が付いています。
 ここの人々の救いや宣教地の保護者聖テレジアの光栄、また始まったばかりのこの宣教地の発展のために、閣下に特別な補助をお願いいたします。(……)
      尊敬をもってヴィンチェンツォ・チマッティ神父、サレジオ会員 

大分でシューベルト百周年のコンサート
リナルディ・フィリポ(Rinaldi Filippo)神父へ
     この手紙は、チマッティ神父が聖フランシスコ・ザビエルの祝いのために大分に来ていた時に書かれたが、日誌や新聞記事を見ると、その時、シューベルト百周年記念にあたり、十一月二八日は大分県公会堂で二回、三十日は臼杵の劇場でさらに二回記念コンサートを開いたことが分かる。そのために出したシューベルトを紹介するチラシも残っている。手紙の一部が見当たらない。
                      大分 一九二八年十二月二日
親愛なるお父様
 ご覧のとおり、大分から書きます。ここに来たのは、聖フランシスコ・ザビエルの祝いのためです。
①(……)
② トリノから来るはずの三人を待っています。誰であるか、いつ、どこで上陸するのかまだ分かりません。二十日上海に着く予定であることを間接的にガレリ(Garelli)神父から聞きましたが、確実ではないし、私たちは上海まで迎えに行かれないでしょう。この三人を送ってくださった神父様に感謝いたします。来年、さらに三人とシスターズをお願いいたします。
③ 月の終わりなので、ご報告をいたします。健康は相変わらず良好です。勉強も仕事もいつものとおり。信心業は、共同で行えば規則正しくできますが、一人でやると、時々一部を忘れたり、居眠りすることがあります。時には、冷淡になり、嫌になることもあります。けれども、止めることはしません。
 時々、主が私をお試しになります。いかに私がまだまだ悪い者であるか!
 会憲や誓願に関しては特別な困難はありませんが、私には、まだ目のコントロールや節制の精神が必要です。
 勤めについては、ご存知の困難があります。仕事は拒みませんが、指導ができず、命令もできません。それは、傲慢のためか、怠けのためか、憎まれ役を避けたいためか、分かりません。どうやったら良いのでしょうか。
 支部の中の問題点については、後も述べますが、あっちこっち衝突が見られます。それも、私が十分に注意しないためでしょう。
 兄弟愛に関しては、私は皆と仲良くしていますが、皆が善を行なおうとして私と意見が一致しているわけではありません。どうすれば良いのでしょうか。私は、鞭は使えません。ある人から見れば、私のやり方には蜜が多すぎる、ある人によれば...。まあ、我がイエス様、私は自分さえも指導できません。他人を指導できないのは不思議ではないでしょう。
 中津教会 順調だと思います。善いリビアベラ神父は、持病〔てんかん〕による発作がありました。また、サレジオ会に向いている一人の善い青年がいて、ラテン語の勉強のためにピアチェンツァ神父に任せました。メルリーノ修道士は、日曜学校の指導をとても上手にやっています。
 大分教会 新しい修道士が着いたら、大分に送ります。タンギー神父とマルジャリア神父は、互いに合わないことがあります。マルジャリア神父は、まだ若く、養成期間も短かった。反面、言葉は良くできる、歌も上手です。そのため、男女の青年たちに受け入れられます(ああ、早くシスターズが来れば! 人々を救うために宣教師たちが出発するのは、どうしても十月、十一月でないといけないのでしょうか!)。彼に何かを注意すると、自分の使徒職にブレーキをかけられると思い込みます。一方、タンギー神父は、イタリア語が不十分なので表現が足りず、きつい言葉を使うこともあります。そのため、空が曇り、仕事上の連絡がうまく行かにことがあります。二人とも身体が丈夫ではないので、焦ると疲れます。これもまた、健康や他の意味で良くないことです。
 宮崎教会 時々、カヴォリ神父とグアスキーノ修道士が互いにぶつかることがあります。原因は様々ですが、第一は私のやり方でしょう。グアスキーノさんがすべてには目が届かないので、カヴォリ神父は(善を実現するつもりで)強い言葉で注意します。それにグアスキーノさんが口答えすれば、兄弟愛は吹っ飛んでしまいます(先日も、私が不在の時そうだったとカヴォリ神父が書いてけれました)。そのことで二人は悩み、私も悩みます。一番残念なのは、これによって神様のみ心に背いてしまうこと、また悪い手本になることです。一応、和解させるように努めますが...、私たちの間にこんなことがあるとは! また、私がこんなことに巻き込まれるとは! 私は、煉獄で長い時間を過ごさないといけないでしょうが、これもその一部です。ある日、御み堂で泣きながらイエス様に申し上げました「どうすれば良いのでしょうか」と。神父様はどう思いますか...。
〔続きのページが紛失〕  
                  〔ヴィンチェンツォ・チマッティ神父〕

要理のチラシの実現を促進する
宣教師たちへ
一九二八から始まったチラシは、四ページのもので、保存されているもののリストは本の巻末に記載されている。新聞に折り込んだり、コンサートなどに配ったりして、広く配布されていた。それぞれの教会が単独で出したものもある。
                     宮崎 一九二八年十二月十八日
親愛なる兄弟の皆さん
 遅くなりましたが、十月四日の手紙に書いてある第五項目(福音宣教の宣伝のためのチラシについて)の提案を具体化する必要があります。
 お願いしたいのは、知人や友人に、書いてもらう課題を提示することです。宮崎教会は、神の存在、自殺、教皇の課題を担当します。望まれるのは、日本人に興味がありそうな課題です。地域によって、たとえば、仕事、勉強、貯金のような社会問題なども良いです。その場合、各教会は何枚を予約しますか。
 初めとしては、二月に各教会から一課題ずつ必要です。続いて『ドン・ボスコ』という機関誌の記事の他に、各教会は一年に八課題を準備することになります。これなら、発行できます。でなければ、不可能です。ドン・ボスコの子らとして、仕事にかかりましょう...。引き受けたら、何があっても手を引けません。もしできなければ、始めないで、他の道を探すことにしましょう。
               皆さんのヴィンチェンツォ・チマッティ神父

11 一九二九年 新しい態勢を整える

無原罪の聖母とクリスマスの祝い

リナルディ・フィリポ(Rinaldi Filippo)神父へ

     この手紙は、一九二九年五月号のBollettino Salesianoに記載された。次の手紙と一緒に送られたと思われる。     

                       宮崎 一九二九年一月一日

親愛なるお父さま

 この手紙において、私たちの宣教地の年末までの出来事をまとめます。

 日本の偉大な使徒聖フランシスコ・ザビエルの祝いを大分で行った後、無原罪の聖母の祝日の準備に全力を注くことにしました。今年の二つの特徴をご紹介しましょう。

① まず、九日間の講話には、初めて対談形式を取り入れることにしました。話の内容はキリスト教的な生活に関する教えと実践のことでした。信者の多くが仕事から解放されるこの季節、去年のマリア様の研修会で約束したとおり、信仰の勉強を深めることにしました。宣教師たち、カテキスタや信徒が行った講話や対談形式の新しさもあって、信者は注意深く、関心をもって聞いてくれました。多くの人は、頭をあげ、顔にも興味を示しましたが、これは、日本人には珍しいことです。いろいろな質問も出されて、答えることにしました。

② その際、「マリアの子」の祝いもしました。このグループに一年間働きかけた結果、彼女らは月一回の講話、要理研究会、祝いの準備、少女たちの世話が、献身的にできるようになりました。扶助者聖母会が来日したら、きっと、シスター方に大きな慰めを与えるでしょう。

 次は、クリスマスでした。これは心の祝いであり、各教会で心を込めて祝いました。この機会に、教会から遠い所に住んでいる信者も多数参加しました。幾つかの洗礼も授けられ、宣教師たちの慰めとなったのです。

 今年は初めて、信者が馬小屋の模型を見ることができました。イタリアとは比べものになりませんが、日本人もここから学ぶことができ、特に子供たちの心に大きな影響が与えられました。多くの人が見に来て、質問もしたり、祈ったりして、イエス様に小さなプレゼントを捧げました。宮崎教会で飾った人形は、イタリアの心優しい技術家が彫刻し、プレゼントしてくれました。お陰様でイエス様が知られ、愛されるようになった、と喜んでいます。(……)

                   ヴィンチェンツォ・チマッティ神父

       

経済的な困難-新しい宣教師三名の到着 

リナルディ・フィリポ(Rinaldi Filippo)神父へ

     以前もチマッティ神父は経済的な困難を訴えていたが、これからはこの訴えは一層深刻になる。一つの原因は、一九二九年・一九三〇年に起こった世界経済大恐慌であった。イタリアの本部も大変な状態になったのであろう。

       なお、この手紙にあるとおり、十二月二十八日、三名の新しい宣教師が到着した。後で分かるように、三人とも健康などの理由で数年後国に帰ることになった。人選に問題があったのであろう。     

                       宮崎 一九二九年一月十日

親愛なるお父さま

 今回は遅れました。理由は、年末の仕事や、来るべき人たちに関する心配や情報不足、また今、生活費の心配のためです。(見てご覧なさい、いかに私が信仰薄い者であるか!)というのは、着いた人たちが持ってきたのは千円ぐらいしかないからです。(私たち、また増えてきた家族の必要なことを考えれば、この程度の金額は煙のようにすぐに消えてしまいます。そのため、もう一度電報を打ち、長上の助けを願うようにしたのです。)

私の心境を神父様に打ち明けましょう。

a) 新しく着いた会員たちは、二人の神父は宮崎で、修道士は大分で、それぞれ気持ちよく仕事に就きました。 

b) 私たち皆が気にしたのは、何の知らせも無かったことです(もしかしたら、手紙が途中で紛失したのでしょう。)修道士の名前を知ったのは上陸の時でした。また、ルチオニ(Lucioni)神父の名前はリビアベラ神父のお父さんから、エスクルセール(Escursell)神父の名前は本人の手紙から知ったのでした。なお、三人の学歴や必要な情報などについては何の書類も無く、彼らも何も持ってきていません。これらの情報があれば、本人たちも私たちも仕事が楽になります。そうお思いになりませんか! もちろん、三人は報告してくださったのですが、よくご存知のとおり...。

 エスクルセール神父は勉強は済んでいますが、今度は五年の実施課程に入ります。再度そのプログラムをお願いいたします。前にも頼んだことがありますが、途中で紛失したのでしょう。

 ルチオニ神父はコロンビアに行きたかったと言っています。本人が言うには、頭が固く、理屈っぽく、時々おかしく振舞うこともあります。胃を患ったこともあるそうです。神学の勉強が終わっていないそうです。しかし、具体的なデータはありません。ゆるしの秘跡を授けるための試験も受けていません。

 マカリオ修道士は、炊事を少し学ぶように宮崎に来ています。

 以上のことを申し上げるのは、長上の皆さんが、現実を知らせてほしいとおっしゃるからです...。しばしば会員の本当の状態をご存知でないようですから...、また、お知らせするのは、私の務めであると信じているからです。不満を申し上げているとお思いにならないでください。とんでもないことです。むしろ、感謝いたします。ただ、良心上、知らせるべきだと思っているのです。

 エスクルセール神父が言うには、「何かの誤解で、ほとんど無一物で出発させられました」と。「団長のグアローナ(Guarona)神父がすべてを考えてくれる」とリカルドーネ神父から言われたからです。ところが、出発してから、同神父は「日本のために何ももらっていません」と言って、ペレグリーニ(Pellegrini)神父にすぐに知らせました。

 私は、ピアチェンツァ神父やタンギー神父と一緒に会計の問題を片付けようと、真剣に予算を考えていましたが、この窮乏の状態ではすべてが吹っ飛んでしまいました。皆さんの困難も分かりますが、もし、(教皇様がおっしゃるとおり)前線にいる宣教師たちが軍用品の心配をする状態に置かれるならば、当然、活動できないことになります。総会での討議や決議は結構ですが、まず助けをお願いいたします。イタリアへ行くための旅費もなく、もしここに残る会員が少なくとも三、四ヵ月の資金がないならば、どうすれば良いのでしょうか。

c) 次は、私自身の報告です。

 健康は、神様のおかげで良好です。

 仕事と勉強は、相変わらずですが、もし、皆の志と祈りを支えるべき長が、宣教活動が根付く時まで生活の手段を探さないといけない状態にあるならば、落ち着いて使徒職に専念できるはずはないでしょう。

 信心業は、共同で行なっています。一人でやる時、相変わらず気が散ったりします。秘跡は、規則正しく受けています。

 会憲や誓願に関しては特別なことはありませんが、私の困難はご存知です。

 自分の務めについては、毎日、神様は私の惨めさや、皆が認めている私の無能力を自覚させてくださっています。そのためにも感謝いたします。すべては、私にとって謙遜、忍耐、苦行の機会となります。

 会員との関係に関しては、時々カヴォリ神父から注意を受けます。私は、彼が言うことは正しいと思っていますが、どうすれば良いのでしょうか。彼は、総会長様にも手紙を書いたが、納得できる返事が得られなかったと言っています。そして、私が本当のことを書くようにと願っています。つまり、彼が私と合わないこと。また、グアスキーノ修道士が支部に役立たない、ここにいる理由がない、と言っています。私は、今度総会のためにイタリアへ行きますから、どうすれば良いか教えてくださいと願いましたが、彼は、イタリアへ帰りたいと言い出しました。もちろん、落ち込んだ時にそう言ったと思いますが、それにしても、チマッティ神父はどうすれば良いか分かりません。私は、自分が受けた教育によりこのような人です。自分が長上になるべき、またはなりたいと思ったことはありません(でも、心の中にそういう気持ちはあったでしょう)。今は、長上になって、部下が私よりよくできるのを見て、長上の意識はありません。どうすれば良いのでしょうか。

 ご覧のとおり、カヴォリ神父は自分の魂のためにこのことを願っています。私と合わない、私が原因だと言っているのです。我がお父さま、本当に困ったことです。大変な時を過ごしています。その嵐の後、凪になりますが、小さなことですぐまた荒れてしまいます。チマッティ神父は、良い勧めを与えることができても、厳しく要求する必要がある時、要求できません...。恐れているためか。経験がないためか。ご覧のとおり、聖人ではなく...まだ寛徳のABCの段階にあります。ともかく、助けてください。

 カヴォリ神父は、日本語の勉強を再開しました。活発で、熱心です。物事を良く見ています。そして、それを実行しようとして、同じ目標を目指して共に働いている人々を省みずに、真っ直ぐに進みます。そのため、時々、カッとなることがあります。最終的に問題は片付きますが...。

 私たちの仕事は進んでいます。けれども、固める、具体化する、明らかにするために、物心両面の心配が妨げになっています。リカルドーネ神父にも幾つかのお願いをしました。神父様にも知らせてくださるでしょう。

心を打ち明けるために助けてくださった神様に感謝いたします。文章の表現を赦してください。あなたのこの子を祝福してください。

一番不足だと自覚している ヴィンチェンツォ・チマッティ神父

ドン・ボスコの列福を準備する

カヴィリア・アルベルト(Caviglia Alberto)神父へ

     この手紙にドン・ボスコの列福の話が出てくるが、実際、列福式がローマで行われたのは一九二九年六月二日であった。チマッティ神父は、総会に参加するためにイタリアへ出発する前に、日本で祝うための必要な物を注文した。

                      宮崎 一九二九年一月十六日

我が親愛なるアルベルト神父様

 神父様が大変な仕事に追われているこの時期に、チマッティ神父が邪魔しに行きます。ドン・ボスコの列福を早めに考えないといけないからです。そうでなければ、距離、船旅、税関を合わせると、一九三〇年になってしまいます。

 ほしいものは次のとおりです。

① 祭壇の上に飾る、光栄のドン・ボスコの絵。大きさは二メートル×一メートル四十センチ。

② もしあれば、奇跡を描いた二つの絵、一×一メートル半の大きさ。

③ 教会の表にかける旗。大きさは三×二メートル半。これは、屋外に出しますから、色が落ちないものでないといけません。難しいことでしょうか。

 ドン・ボスコの光栄を表す絵はお任せします。神父様は良くお分かりですから。なお、ここはトリノ市内ではないから、絵だけは急ぎます。

 私は、毎日の祈りをもって感謝しながら抱きしめます。近いうちにお目にかかってまた抱きしめたいのです。皆、皆、皆によろしく。

            サレジオ会員 ヴィンチェンツォ・チマッティ神父

パンなどのこと

宣教師たちへの手紙

     この手紙で分かるように、当時、パンはまだ普及していなかった。大分や中津の宣教師たちは宮崎からもrっていた。値段は高かったようである。

                     宮崎 一九二九年一月十七日

親愛なる兄弟の皆さん

 パンの清算のため、今後、〔パン屋さんの〕戸成さんが請求書を入れることにします。確認した上で、皆さんは宮崎教会へ送ってください。直接私たちが支払います。一応、このとおりやって見ましょう。ピアチェンツァ神父は、門司でのパンの値段も確かめてみます。

 ドン・ボスコの列福の祝いのため、幻灯、ご絵、ハガキ、おメダイメダイ、ご像などを注文しました。他の物を加えた方が良いのでしょうか。

私たちの保護者聖である柔和なフランシスコ・サレジオとドン・ボスコの祝いのために人々の心を準備するように努めましょう。

             心を込めてヴィンチェンツォ・チマッティ神父

教え子への霊的指導

ヴァレンティーニ・エウジェニオ(Valentini Eugenio)神学生へ

     チマッティ神父の教え子ヴァレンティーニ・エウジェニオは、神学の学位を修得するため、ローマのグレゴリオ大学へ送られていた。

                    宮崎 一九二九年一月二十一日

親愛なるエウジェニオ君

お手紙ありがとう。君がローマにいることを喜ぶ。美しい、大事なものである神学を勉強するために行ったのだから、心を込めて学びなさい。神様を勉強するのだから。君の立場を羨ましく思う人がたくさんいるだろう。

他のことについては、

① 年が経つにつれて、偉くなりたい気持ちがいかに無駄、いかに狭いかが分かってくるだろう。

② 落ち着いてやりなさい。小さなことを大切にし、それで満足しなさい。私たちが小さな者だから...。もし不親切な行い一つでも一年で直せるなら、大きく進歩したことになる。

③ ローマのニュースをありがとう。

 今年の目標が欲しいのか。総長が提示したものが素晴らしいではないか。ともかく、次の名言が役立つと思う。「一線を進まない日がないように...、水の一滴は岩を掘る。Nulla dies sine linea…,gutta cavat lapidem。」意味が分かるね。一線や一滴は、いかに小さいかを考えてご覧。

 神様のお望みなら、顔と顔を合わせて話せるだろう。

 君より貧しいこの私のために祈りなさい。君を祝福する。

                 君のヴィンチェンツォ・チマッティ神父

日本での受け入れの条件

扶助者聖母修道女会の総長へ

宮崎 一九二九年一月二十四日

尊敬すべきマードレ様

 ご覧のとおり、マリア様が私の願いを守ってくださるように、宣教地の長として、またサレジオ会員としてお送りするこの手紙を、二十四日に書きます。

 お約束のとおり、総長様は日本のための良いグループをお選びください。多ければ多いほど良いですが、長上になる方はいくらか年配の方が良いと思います。私たちは、できるだけ、またそれ以上も助けるつもりです。

 条件に関しては、私の未経験をお許しください。もし、前例の雛型があるのであれば、お知らせください。私としては、現地の収入が本当に些細なものであり、すべてをヨーロッパの御摂理から待っている者ですから、どうすれば良いかを教えてくださるようサレジオ会の長上にお願いしました。

 総長様がお選びになった方々は、言葉を学んだ後、家事、裁縫、刺繍等、また幼稚園や福祉事業、教会学校(oratorio)で活動ができる者であるようお願いいたします。音楽のできる人も必要です。才能があればあるほど良いのです。

 初めは、借家が良いと思います。

 私がイタリアに行く命令を受けたのですから、もしその時までまだ生きているのであれば、そこで細かいことについて打ち合わせができましょう。

 日本という偉大な国には、扶助者聖母マリアのシスターズのために素晴らしい活動の場が開かれています。マリア様が、その保護の下に置いてくださいますようにお祈りしましょう。

            尊敬をもって ヴィンチェンツォ・チマッティ神父

追伸 ― できることであれば、扶助者聖母修道女会を紹介する小冊子をお送りください。間に合うようにそれを訳して、宣伝や召し出しのために役立つようにしたいのです。

報告と願い

リナルディ・フィリポ(Rinaldi Filippo)神父へ

     この手紙の初めにチマッティ神父は、冗談で聖フランシスコ・ザビエルと同じ姿勢で手紙を書く、と言っている。日本の畳を知らなかったヨーロッパ人は、聖フランシスコ・ザビエルが跪いて聖イグナチオに手紙を書いていたので、尊敬のためにそうしていた、と解釈していた。

                       宮崎 一九二九年二月十日

親愛なるお父さま

 ただいま、高鍋に来ていて、この小さいグループの信徒のためにミサを立てて来ました。汽車を待っている間、神父様に手紙を書きますが、やむを得ず、聖フランシスコ・ザビエルが聖イグナチオに書いていた時と同じ姿勢で書きます。残念ながら、私はその使徒の聖徳からよほど離れている者です。

 私の健康は最善の状態です。他に関しては変わりありません。善くなりたい気持ちは相変わらずですが、残念なことにあまり実行できません。身に付けなけないといけない徳が多いことは明白です。私のためにお祈りください。

 誓願や会憲に関しては特別なことはありません。人の魂を愛するあまり、身体にも愛着を感じ、時々内的な戦いを体験することがあります。

 自分の務めを果たすにあたって、人の魂のためにもっと熱意を注ぐべきです...。けれども、できないのは、ある程度、長上の責任でもあると思います。なぜなら、多くの物質的なことに心を配る必要があり、それを考えたりして、やむを得ず多くのことが後回しになります。幸いなことに、他の会員はよく働いてくれています。でも、このような状態で宣教師になれば、詩的な気持ちがしおれてしまいます。神父様が「長上も、修道会のために同じことをやっている」とおっしゃるでしょうが、チマッティ神父は「皆さんは上手にやれます。私はやれません」とお答えいたします。(……)

 会員たちは皆、ドン・ボスコの忠実な子として働いています。使徒的仕事が拡がり、手段があればもっとできるはずですが、神様は私たちが直面している困難をご覧になり、きっと助けてくださるでしょう。神父様もお助けください。

会員たちに心配をかけないため、援助を待っています。田野教会の建設や修練院の用地購入のための資金、またイタリアへ行くための船賃も待っています。でなければ、動けません。もし三月半ばまでに援助が来れば、三月末に出られます。でなければ、四月になるでしょう。その場合、命令のとおりの五月には到着できません。

 私のためにお祈りください。宣教師としての生活のおかげで私は多くのことを悟りました。神に感謝! たとえ〔日本に〕戻れなくなることがあっても、私の心にどれほどの利益があったかは、神様のみご存知です。〔一九一二年に〕ヴァルサリチェから聖アロイジオのオラトリオ(Oratorio San Luigi)に飛ばされた時と同じ心境です。その時、サレジオ会員としての一番素晴らしい時でした。

 私のためにお祈りください。神様の御心であればお目にかかり、直接、お話できるでしょう。私を祝福してください。

            敬愛を持って ヴィンチェンツォ・チマッティ神父

           

日本での結婚式の披露宴

ヴァルサリチェ学院の神学生へ

     この手紙で、当時の宮崎での披露宴の習慣を紹介する。

                      宮崎 一九二九年二月十一日

親愛なる神学生の皆さん

 復活祭が近づいています。その時、私が旅行中であるかも知れませんので、今、務めを果たします。神様の祝福に充ちたお祝いでありますように! 皆さんが日本の宣教地のために働いてくださることを神様が報いてくださいますように。これからもお願いいたします。

 ただいま、ちょうど結婚の披露宴から戻って来たところです。これについて書きましょう。今回、信者同士で、中流家庭の結婚式でしたが、お二人の父親や親戚が信者ではありません。教会の儀式を除けば、すべては日本の伝統に従って行なわれました。教会の式は皆さんが知っているとおりですから、披露宴について説明しましょう。

お嫁さんの独特な衣装を描くのは難しいことです。絵はがきを見つけたら、送ることにしましょう。披露宴は、大きな長四角の畳の部屋で行われました。長い面には新郎と男性、向かいの面には新婦と女性、そして短い面には招待客が並びました。日本の場合、一番偉い客は真中ではなく、角の席に着きます。今回、一番偉いのは私だったのですから(すみませんね!)角にいることを想像してみてください。

 皆が席に着いたら、お祝いの言葉の後、儀式に移りました。特別な盆に三つの杯が重ねられ、まず、丁寧なお辞儀をして一番偉い客の前に置かれます。あなたは、両手で杯を上げ、お酒が注がれます。あなたはお辞儀をしながらゆっくりと額まで杯を上げ、お酒をいただきます。そして、杯を返し、同じ儀式に従って次々とすべての客に回されます。日本人は急ぎません。十五人ぐらいいたのですから、計算してみてください。

 第二の儀式。今度は、多くの小さな皿から、肉、魚、野菜、海藻などを一口ずついただきます。自分の側に、お茶を注いでくれる人が常にいます。もし、誰かに特別に挨拶したいならば、自分の杯を送って、それから飲ませます。相手も同じように杯を返し、次々あなたも飲む、私も飲む...。注意しないと、大変なことになります。日本では、もし誰かを酔わせたいならば、簡単です...。皆で打ち合わせて、皆その人に杯を送ることにするのです。

 皿の中のものがなくなれば(ゆっくりしないといけませんが...)、次の物が持って来られます。これですべてが終わったと思ったら、また持ってきます。しかし、その時、だれもそれに手を触れません。小さな箱も一緒に出されて、給仕する人が食物をその箱に入れます。そして、白い風呂敷で包んで、家の子供たちへのお土産になります。

 第三の儀式。最後に、新婦が立ち上がり、主婦の特別な服を着、お客様たちにお茶をもてなします。一緒にお菓子も出されて、家族への楽しみとしてそれを風呂敷に包みます。それから御礼をして、風呂敷を下げて家に帰ります。誰もその格好をおかしく思いません。むしろ、羨ましく思うのでしょう。

 包まれた物には伊勢えびが入っていました。何か特別な深い意味があるのかと聞いて見たら、「宮崎にはないのですが、私の村なら、良い意味ではありません。後ろに歩くのですから。」という返事でした。なるほど、こういうものにも何かの意味があるのですね。

 今回、ここまでにしましょう。その時、信者でない人が一緒にいたので、カトリックの司祭や宣教師、また宗教について話しをするきっかけとなりました。彼らが一番感心するのは、祖国や家族を離れて、主イエス・キリストの教えを伝えるために独身の道を選ぶことです。

 私のためにお祈りしなさい。神様の御心であれば、今度、お目にかかれるでしょう。

         感謝を込めて皆さんのヴィンチェンツォ・チマッティ神父

ドン・ボスコの列福とバチカン市国成立

カヴィリア・アルベルト(Caviglia Alberto)神父へ

     この手紙では、バチカン市国の独立が承認されたという大ニュースに触れる。一八七〇年、イタリア統一に際してローマと教皇領土が武力で併合され、不服だった教皇がバチカンに閉じこもり、イタリアとの対立が五十年も続いた。一九二九年二月十一日、ムッソリーニと教皇ピオ十一世との間に和解条約(ラテラン条約)が署名され、現在の「バチカン市国」が生まれた。このニュースは、写真付きで『ドン・ボスコ』紙にも詳しく報じられ、チマッティ神父の気持ちを知ることができる。因みに、一八九三年度、ムッソリーニは一年間チマッティ神父と一緒に同じファエンツァのサレジオ会の学校にいた。ムッソリーニは小学三年生、チマッティ神父は五年生だった。

                     宮崎 一九二九年二月二十六日

我がアルベルト神父様

 お祝いの手紙を出してきたばかりで、二十三日、あなたの二月三日の手紙が届きました。すぐ返事します。日本の郵便はよく組織されています。特にヨーロッパ人の物に関して、面子を失わないようにしています。

ニュースをありがとうございました。

 頼んであるドン・ボスコの額と旗をよろしく。正確な寸法を書いてみましたが、自由にしてください。日本の考え方が特別なので、ドン・ボスコと若者たちだけでよいという意見もあります。マリア様やドミニコ・サビオなどとの関係を理解させるのは難しいからです。日本人は単純です。日本のとは違う私たちのシンボルは、彼らにはあまり通じません。ですから、お任せします。キリスト教のことを何も知らない人たちもいることを念頭に置くべきです。私が思うには、子供たちに囲まれたドン・ボスコなら(心の優しいイエス様のように)皆に通じます。(でも、頭の回りのあの後光! フライパンみたいなあのものを飾らないといけないのは残念です。正直に言って、私はどんな聖人、マリア様にも好きではありません)。私は、日本語でドン・ボスコをこう紹介します。「これは、ドン・ボスコです。この方は、子供と青年の教育のために熱心に働きました。御覧なさい!」そして、皆、目を見張って、口を開いて「なるほど!」と言う。分かったという意味です。やはり、世の中は、ありのままに取るべきです...。

 費用については、神様が考えてくださるでしょう。(……)

 もう一つお願いです。あのジェラポリとかジェロポリとか〔名義司教になること〕についてはもう話さないでください。もし神父様が叙階してくれれば、賛成するかも知れませんが...〔訳者注 ありえないことだから!〕。でなければ、絶対に賛成しません! そのようなことを断っても、必ず天国に行けるのです。(……)

 バチカンの問題の解決については、日本の新聞は次のように伝えました。

a) 独立国家として一定の国土が認められた。

b) イタリアは、弁償として、毎年、何百万リラの金額を支払う。

c) ムッソリーニとガスパリ(Gasparri)枢機卿により、一九二九年二月十一日に正式に署名された、と。

 もう一度お祝い申し上げます。海に沈まなければ、お目にかかれるでしょう。我がアルベルト神父様、神様が祝福してくださいますように。心から抱きしめます。

               あなたのヴィンチェンツォ・チマッティ神父

追伸 今、ラジオを通じて、東京からニュースの詳細が入りました。神に感謝!

トネリ・アントニオ(Tonelli Antonio)神父へ

                    宮崎 一九二九年二月二十七日

 復活祭のお祝いを申し上げます。お目にかかったら、山ほど話すことがあります。ヴァルサリチェの博物館のためにいろいろな物を持って行きます。この宣教地のためにやってくれたことに対して、主がお恵みで満たしてくださいますように。神に感謝! ローマの問題について、教皇の使節からも詳しい情報が入りました。神に感謝!

            心からあなたのヴィンチェンツォ・チマッティ神父

日本庭園について

ヴァルサリチェ学院の神学生へ

     この手紙にチマッティ神父は、日本庭園と生け花についてイタリアの学生に説明している。日本の伝統文化に対する師の興味が分かる。

                     宮崎 一九二九年二月二十七日

親愛なる神学生の皆さん

 ご復活おめでとうございます! すべての意味で復活しましょう...。精神面ではより善い人になるため。活動面では学期末試験を良く準備するため。この時期に、皆さんから恩を受けた人々は、皆さんのために一層祈っています。

 今は春ですから、日本庭園や生け花について少し話しましょう。

 日本人の自然に対する畏敬の念は、仏教に関係があります。死後、人間の魂が動物、植物、鉱物の形で生まれ変わり、すべての存在と繋がりがあると考えられているからです。

 日本は、庭にあらゆる植物(高木、低樹、盆栽、花が咲く、または咲かない叢など)を活用しますが、庭の特徴は次のとおりです。

① 左右不均整であること。 

② 砂、石、岩がその骨組みとなること。

③ 種々の美的流派に従って、自然、池、山、寺院などを縮小し再現すること。

④ すべての物に象徴的な意味(老い、平安、清さなど)を与えること。

⑤ 時には、庭の中にいろいろな生き物を住まわせること。

⑥ 大きな庭が造れない人は、縮小した形でそれを造ること。

 驚かないでください。数平米のこのような庭は、一万リラもすることがあります。大きな庭なら、千リラ札が数えられないほど多く必要です。

 庭では、盆栽が注目を引きます。普通の鉢の中に五十センチの高さ、四、七センチの直径の百二十歳の松の木、二百歳のもみじの木、百歳の小さな木が植えられています。この形に縮小するためには、日本人はとても小さな鉢に種を植え、根が土を全部吸い込むまで残します。次にもう少し大きな鉢に移し、同じようにし、三回目も同じことを繰り返します。こうして根が強制され、木は独特な姿になります。さらに、剪定したり、枝を曲げたり、波形にしたりして、その小さな木を丸型、ピラミッド型などにします。こういう目的に一番適しているのは松柏科です。双子葉植物は、こういう栽培に抵抗しますが、日本人は、その独特な忍耐により、これにも成功しています。時には、接木をしたり、他の木の幹にかけたりすることもあります。

 盆栽の発展した技術は、動物の形や、他の物の形に植物を変形させることです。これには、日本に多いシダ類の根っ子がよく使われます。

 また、素晴らしいのは日本人の生け花です。飾られる花は、まさに縮小した景色に見えます。日本の花束は、私たちのと違って、鉢の中に創られ、自然の姿を真似します。時には、枯れているように見える枝までもが加えられますが、数日したら、その枝に芽や彩りの花が現われてきます。鉢の形や、それが飾られる場所、また周りの色との調和にも象徴的な意味があります。基本的な規則は、均整を避け、使われる花の種類や飾られる形を、目的に合わせることです。

 我が友の皆さん、私たち西洋人には、もしかしたらこのようなことが理解しにくいでしょうが、心をよりデリケート、より親切にするためには、このような趣味を身に付ける必要があると思います。私たちは、皆から良いところを学ぶべきです。これが、私がしばしば繰り返す言葉です。

 この愛すべき日本人のために祈り、働くようにしましょう。彼らは、私たちよりもいろいろな面で真の美に近いのです。私のためにもお祈りください。

              あなた方のヴィンチェンツォ・チマッティ神父

現況を報告し、心を打ち明ける

リナルディ・フィリポ(Rinaldi Filippo)神父へ     

                     宮崎 一九二九年二月二十八日

親愛なるお父さま

 月の終わりですから、私と兄弟たちの報告をいたします。

① 健康は、神様のお恵みにより良好です。少し風邪を引いていますが、大したことではありません。

② 勉強と仕事に関しては、相変わらずです。今、出発の準備も加わってきています。会員たちが奇跡を行っていますので...心配はいりません。私がいなくなれば、かえって、邪魔者がいなくなって、もっとうまく行きます。

③ 信心業は、相変わらず良くやるようにしています。(……)でも、主は満足しておられるのでしょうか。

④ 誓願に関しては、大事なことはありません。心も頭も踊ることがありますが、踊ってもかまいません...。相変わらず、頭、心、感覚をコントロールする必要があります。また、神の御摂理の助けを得るために、もっと節約する必要もあります。

⑤ 自分の務めについては、私の愚かさや無能力により、いつものような問題が起こります。(……)

⑥ 兄弟愛に関しては、特記することはありませんが、愛がいつも、また皆の間に保たれるようにするのはなんと難しいこと! 私個人としては何もなく、神様のお恵みにより、愛徳を守るために自分自身を皆の足の下に置くようにしています。神様が愛であり、それを得るためなら、チマッティ神父はどうなってもかまいませんから...。ところが、私が長上として役目を果たせないのですから、自分が愛だと思っていても、時々他から弱さと思われることがあります。神に感謝! 神様はご存知です。他は問題ありません。

 カヴォリ神父の健康は今は良さそうです。よく働き、善いことをやっています。しかし、神経も心臓も弱く、体質的に合わないことがあるので、彼のために落ち着いた環境が必要です...。(……)

 今、多くの慰めをもたらしてくれた神父様のお手紙が目の前にあります。私としてはできるだけやっていますが、実際に働いておられるのは神様とマリア様です。日本にいる私たちには、このことは明らかです。以前も書いたことがありますが、私の皆無を悟らせてくださった神様に感謝いたします。進めば進むほど、その事実が一層よく分かってきています。

 ご忠告をありがとうございます...。これだけでなく、これ以上も私に必要です。自分もそれに気付いています、会員たちも指摘してくれています。神に感謝! いつも、いつも、いつも明るい気持ちで前進を!

 以前、より素直だったのに、今は通じないところがある、と神父様はおっしゃっています。それは当然です。当時、何も分かっていなかったからです。今は、分かり始めました。私たちについて人々が言っていること、私たちの徳も欠点も ― 人々の心の状態やその道徳的惨めさも ― キリスト信者においてもそれが大変だということも ― 善を行い、悪を償うために私たちが熱意に燃えないといけないということも ― いろいろな分野で何が必要であり、何が緊急であるかということも ― それに応えないと自分の務めを果たしていない気がするということも分かってきたのです。そのために、以前は子供のように考えていたのに、今は人間的な見方が強くなり、少し神経質になっているのでしょう。私たちも少し反抗期に入ったのでしょうかね。

 文章で書けないことを口頭で話しましょう。順調に行けば、三月二十九日、上海から船で出発します。でなければ、四月半ばになります。出発の前にもう一度手紙を書きましょう。神父様は、もう書かないでよろしいです。おそらく、私がいないことになるからです。

 最後に、私が聖人になれるように、また命じられた帰国が宣教地や会員たちのためになりますように、祝福してください。長上の皆さんが私のために多くの仕事を準備し、魂の救いのために協力してくださいますようお願いいたします。復活祭のお祝いを申し上げ、神父様を抱きしめます。

            あなたの子 ヴィンチェンツォ・チマッティ神父

『うたへやうたへ』と『ドメニコ・サヴィオ傳』 

リカルドーネ・ピエトロ(Ricaldone Pietro)副総長へ

     この手紙に、チマッティ神父は、自分が一九二六年、尋常小学校の教科書の中から作曲した歌を出版したと報告している。これは『うたへやうたへ!』という小冊子、チマチ博士作曲、大分市上紺屋町ドン・ボスコ和洋樂友社の出版である。第一集は昭和四年二月二十日、第二集は同五月一日に発行された。

      ドン・ボスコ著『ドメニコ・サヴィオ傳』の翻訳もできた。一八九ページ、一九二九年三月九日(ドミニコ・サヴィオの命日)、宮崎市天主公教会発行である。前年の『尊者ドン・ボスコ傳』に継ぐ二番目の本である。

                    宮崎 一九二九年二月二十八日

親愛なるリカルドーネ神父様

 大きな慰めを与えてくださったお手紙をありがとうございます。こちらのための援助もお計らいになったと期待しています。お目にかかって、多くの大切なことをお話しするつもりです。

①―②(……)

③ 私は、長上の皆さんに自分の無能力のことを書くのは時間の無駄使いだと思いません。これは私の性格です...。長上の皆さんに実際のことを知ってほしいからです。我がピエトロ神父様、日本にいらっしゃった時、私は、神様の裁判の前に立つ時、余り長い時間をかけないで、すぐに責任の所在をはっきりしたいと申し上げましたね。神父様は笑いましたが、あなたも責任者の一人です。私は、やれることをやっていますが、全部見ているわけではありません。私が見えないこと、私の不足、私の無能力を会員たちが見せてくれています。そのため、私は神様にも会員たちにも感謝しています。そして、指導、慰め、忠告を得るために、長上であり、お父さんであられる皆さんにこれらのことを打ち明けています。もちろん、いつも喜びの内に生きているのですよ...。

 私が喜びに溢れていることを示すために、『うたへやうたへ』という、私たちの日本語の『Su cantiam』をお送りします。この本がためになるだけでなく、また多くの道を開いてくれると期待しています。歌詞は尋常小学校の教科書のものです。舞台の上で、「歌手」や「博士」である私たちがこれらを披露し、日本人に大きな感激を与えました。見てご覧なさい、神父様が来られた時「偉い人」と呼ばれましたが、私は「チマチ博士」と呼ばれていますよ!(私の名前は日本語で、こう誤って発音されています!)もちろん、この本は私の作曲です。巻末に、日本人の大好きなハーモニカの伴奏も付いています。

 ドミニコ・サビオの伝記の日本語訳もお送りします。ドン・ボスコが書いたもので、よくできていると思います。

 もしまだ送金していらっしゃらないならば、早くお願いいたします。他のことは、直接に話しましょう...。親愛なるピエトロ神父様よ、この惨めな私、また会員たちについても話したいことは山ほどあります。

 私を祝福してください。皆に代わって復活祭のお祝いを申し上げ、熱心な祈りを約束いたします。心から神父様を抱きしめます。

              あなたのヴィンチェンツォ・チマッティ神父

追伸 この手紙には返事を書かないでください。評議会と相談して、次の人事を決めました。宮崎には、カヴォリ神父、マルジャリア神父、ルチオニ神父、グアスキーノ修道士。大分には、タンギー神父(私の代行も兼任します)、エスクルセール神父、マカリオ修道士。中津には、ピアチェンツァ神父、リビアベラ神父、メルリーノ修道士。

佐世保教会のための扶助者聖母像

リナルディ・フィリポ(Rinaldi Filippo)神父へ

     チマッティ神父は三月二十五日長崎からイタリアへ出発した。長崎で早坂司教と会い、この手紙に出てくる約束をしたと思われる。

出発に際し、自分の代わりにカヴォリ神父を宮崎教会の主任司祭とした。これで、チマッティ神父の主任司祭としての任務が修了する。次は、また主任司祭として務めるのは、戦時中の東京三河島教会の時である。     

                     上海 一九二九年三月二十八日

親愛なるお父さま

 ただいま上海にいます。いつここから出発できるかはまだ分かりません。

 日本を離れた時、会員は皆元気で、仕事に追われていました。しかし、一文無しでした。溺れることがないため、もし一定の期間中何も来ないなら、神父様に電報を打つようにと、ピアチェンツァ神父に言い残しました。(……)

 今回は、また大変なことをやってしまいました。けれども、マリア様に関係があることですから、神父様が片付けてくださり、赦してくださることを期待しています。

 というのは、長崎教区の佐世保にイエスの御心に捧げられた聖堂が建築中であり、その一つの祭壇は扶助者聖母マリアに捧げられることになりました。私は、そこの宣教師と早坂司教様に、サレジオ会が扶助者聖母マリアのご像をプレゼントするようにします、と約束しました。これで、日本人の望みにより、マリア様は荘厳に長崎教区に入ることになり、その後はサレジオ会の協力者もできるようになるのでしょう。

 さて、教会が大きいので、司教様は等身大のご像がほしいとおっしゃいました。これで、ドン・ボスコの後継者でいらっしゃる神父様には、マリア様を称える機会が与えられるようになったのです。チマッティ神父の大変な過ちのため(しかし、これを後悔しません!)、サレジオ会は手を引くことができなくなったのです。神父様の寛大な心によりマリア様は喜び、私たちの事業のために長崎への道が開かれることになります。日本は、宣教師たちや、おそらく司教様たちも、皆が縄張り意識の強い国です。何かきっかけがなければ...。

 私のためお祈りと祝福をお願いいたします。いつお目にかかれるのでしょうか。

                   ヴィンチェンツォ・チマッティ神父